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渚は青の面影を追う。
高校進学と共に紺野碧は親元を離れ、一人暮しをする事になった。
安アパートでバイトをしながら暮らし、高校生活を送り始めてしばらくの事。
クラスメイトから海が近いと言う話を聞いて、休日に散歩がてら向かった海で、彼女と出会った。
夕暮れの波打ち際を歩く彼女は、風になびく黒髪を押さえ、絵になるほど美しく見えた。
彼女は振り向いていた。
長い髪は漆黒。夜の海を思わせる凛々しく涼しげな美人だった。
年齢は碧とそれほど変わらない程度か。すらりと長い手足、浮世離れした雰囲気が、妙に大人びた印象を与えた。
「ひ…一人で海にいるからって、私がどうこうするように見えた?…それとも、私に何か用?」
大きな瞳がまっすぐに碧を捉える。
「いや…むしろ、どうこうしようとしてたのか?海に入って…みたいな。」
「しないわよ。…海を眺めるのは好きだけど、入るのは苦手だから、ただ見てただけ。」
彼女の形が良い唇には、なぜか淡い微笑みが浮かんでいた。
「…なるほど。珍しいな。海は泳げなくても、入りたがるものじゃ…?浮き輪とかあるし。まあ、今は冷たすぎるか。」
女子と話すのがあまり得意ではない碧は、それきり押し黙る。
夕焼けに反射して海が煌めいて見える。
彼女と海はまるで一枚の絵画を切り取ったかのようで、自分だけがこの場に浮いているような錯覚を覚えた。
それらの風景は、どうしてか碧を懐かしい気分にさせた。
こんな事が前にもあったような気がする。
家は昔から転勤族であった。
昔に住んでいた場所と海が近くで、そこと今の風景がよく似ていたからだ。
碧が目を向けた時、彼女はもう居なくなっていた。
一瞬、彼女は海の幻が見せた妖精か何かで、碧だけが見た夢かと思った。
点々と残る足跡は、彼女が確かにそこにいたという明確な証だった。
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