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辺境伯領に到着して驚きの連続だった。治安はよかったが草花が少なく、農作物の育ちが悪いことが一目でわかるほどで、城内に庭園はあったが花がほぼ咲いていない。
「ようこそいらっしゃいました。ヤンダー領主ビスティスです」
「フォースティー公爵家から参りました。アンナ・リル・フォースティーです。この度は私のような者を引き受けて下さりありがとうございます」
ビスティスはアンナより少し年上に見え、背が高く目にかかる程度の長めの黒髪だった。辺境伯として有能だと聞いていたとおり、体が細いわりに体幹はしっかりとしていた。忌み嫌われているはずの闇魔力保持者であるが、爽やかで清潔感もある。執事や侍従長たちも一緒に出迎えてくれた。
翌朝、二人で向き合って朝食を食べながら正式な婚約の話を始めた。
「こちらでの生活が落ち着いたら、正式な婚約の日取りは決めたいと思いますが、アンナ嬢は何の魔力をお持ちですか」
「……え?」
驚きのあまり、フォークを皿の上に落とし、カチャッという音が部屋中に広がる。その一瞬後には恐ろしいほどの静寂が広がった。
「……あの、両親から何も聞いていませんか?」
当然知っているものだと思っていた。王都ではあれほど噂にもなっている。
「何のことでしょうか」
「私が第二王子と婚約破棄したお話は?」
「存じています」
「では、私が魔力なしであることは?」
今度はビスティスの表情が固まる。
「……魔力なし?」
「はい」
「貴族で魔力がないことが?」
「稀にあるのです」
「まさか……存じ上げず申し訳ありません」
明らかに動揺が見て取れた。魔力もちを妻に迎えたかったことが明白だった。
ここでも魔力がないことが足枷になるとは思わなかったが、先に話をしていなかった両親に問題があり意図的なものを感じる。
「そんなに魔力が重要でしょうか」
「日常生活に支障はないでしょう。しかし、この領地には必要なのです。闇魔法では、領地に花を咲かせることも農地を活性化させることもできませんでした。ここにやって来るまでに、領地の様子をご覧になりましたか?現状がやっとです。だから自分の代わりに違う魔力をもった女性を探していたのです」
理由を聞いて、魔力なしを差別しているわけではなさそうだと嫌悪感は薄れた。
「領地のためだと」
「はい。国防や領地の警備に関して問題はありません。しかしどうしても農地が潤わない。花屋が花を売ることを諦めるほどです。ですから、あなたには申し訳ありませんが、しばらくゆっくりしてから王都へお帰り下さい」
アンナはすぐに反論する。
「王都へ帰る気はありません。婚約破棄と魔力なしで黄色い目で見られているのです。それなのに辺境地から戻って来たとなると、どう思われるでしょう。どうか私を使用人として、このお城で働かせてはいただけないでしょうか。魔力はなくとも、侍女の仕事、掃除洗濯、料理、農作業などある程度のことは何でもできます」
「使用人……ですか」
「はい、使用人です。王子妃教育を受けましたので、それなりに知識もあります。辺境伯様のご公務をこっそりお手伝いすることも可能です」
ご公務をこっそり、の辺りでビスティスはふふっと頬を緩めた。
「わかりました。それでかまいません。城の者たちにもそのように伝えます。好きなときに好きなことを、自由に動いてもらってかまいません。部屋もそのままお使い下さい。困ったことは執事か侍従長に尋ねていただき、その後のことは都度話し合いましょう」
「ありがとうございます!」
こうしてアンナの使用人生活は幕を上げたのだった。
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