序ノ節

2/5
前へ
/51ページ
次へ
 入り口の門から、奥に母屋があった。  前で親しい顔が出迎えてくれた。入道蓮生、俗名は宇都宮頼綱。還暦を過ぎて間もない歳ながら、若くして出家していたので、僧歴は明静より長い。いつものようにピカピカの法衣、地面まで届きそうな丈の袈裟は・・・この季節は暑苦しそう。  牛車から降りる時、明静は少しよろける。それでも、蓮生と再会を喜んだ。 「暑いところ、ご苦労さまです」 「川沿いの庵とは、涼しい所をえらびましたね」  旧歴の七月、今なら八月という季節だ。梅雨明けの避暑といった小旅行であった。  従者の女の二人は、牛車から荷を降ろす。男たち三人は空になった牛車を厩の方へ持って行く。  明静は庵を見た。  何年も前からあったようなたたずまいである。従者を含め、六人あまりが客として泊まるには十分だ。  で、振り返ると、武者たちの番屋は数倍の大きさ。厩に倉もある。籠城して戦うこともできそう。 「あちらも庵の一部なのですか?」 「まあ・・・その、隠れ家を造りたいと許しを得てから、鎌倉の方に相談したら・・・こんな事になりました」 「鎌倉が、ですか。都の西に新たな鎮守府を欲しがった、かな」 「街道を封鎖していないし、跨いでもいない。ので、関所でも砦でもない、と言い訳してます」 「戦への備えは万全に見えますが」 「あの物見櫓が良い道しるべ、と言われているようです」  蓮生は武者たちを持ち上げる。  ふふっ、明静は首を傾げて笑って返した。 「ここの名目上の主は、この蓮生です。彼らのおかげで、野盗や獣の心配はいらなくなりました」 「わたしも、ここまでの道を守ってもらいました」  蓮生は鎌倉と縁が深い。  明静も彼のおかげで、北条の尼将軍死去(嘉禄元年・西暦1225年)の報をいち早く知ることができた。  じいいっ、蓮生は明静の頭を見た。 「時に、明静さま、前に頭を剃ったのは?」 「えっと・・・三月ですな。新しい勅撰和歌集の精撰本を提出する際に。また、またも・・・またしても手直しが来るかと、胃が痛くなりましたよ」 「なら、もう四ヶ月ですか」  明静の頭はごま塩状態、主に短い白髪が生え、黒いのが少し混じっている。白いヒゲも伸びていた。 「わたしの頭は・・・ですね、あっちが出っ張り、こっちが角張ったりで、丸くならんのです。少し髪があったくらいで、やっと頭が丸くみえる。あなたの丸い頭は美しくて、実に羨ましい。剃り甲斐もありましょうなあ」 「お褒めいただき、恐縮です」   蓮生はつるつるの頭をなでた。  
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加