1人が本棚に入れています
本棚に追加
入り口の門から、奥に母屋があった。
前で親しい顔が出迎えてくれた。入道蓮生、俗名は宇都宮頼綱。還暦を過ぎて間もない歳ながら、若くして出家していたので、僧歴は明静より長い。いつものようにピカピカの法衣、地面まで届きそうな丈の袈裟は・・・この季節は暑苦しそう。
牛車から降りる時、明静は少しよろける。それでも、蓮生と再会を喜んだ。
「暑いところ、ご苦労さまです」
「川沿いの庵とは、涼しい所をえらびましたね」
旧歴の七月、今なら八月という季節だ。梅雨明けの避暑といった小旅行であった。
従者の女の二人は、牛車から荷を降ろす。男たち三人は空になった牛車を厩の方へ持って行く。
明静は庵を見た。
何年も前からあったようなたたずまいである。従者を含め、六人あまりが客として泊まるには十分だ。
で、振り返ると、武者たちの番屋は数倍の大きさ。厩に倉もある。籠城して戦うこともできそう。
「あちらも庵の一部なのですか?」
「まあ・・・その、隠れ家を造りたいと許しを得てから、鎌倉の方に相談したら・・・こんな事になりました」
「鎌倉が、ですか。都の西に新たな鎮守府を欲しがった、かな」
「街道を封鎖していないし、跨いでもいない。ので、関所でも砦でもない、と言い訳してます」
「戦への備えは万全に見えますが」
「あの物見櫓が良い道しるべ、と言われているようです」
蓮生は武者たちを持ち上げる。
ふふっ、明静は首を傾げて笑って返した。
「ここの名目上の主は、この蓮生です。彼らのおかげで、野盗や獣の心配はいらなくなりました」
「わたしも、ここまでの道を守ってもらいました」
蓮生は鎌倉と縁が深い。
明静も彼のおかげで、北条の尼将軍死去(嘉禄元年・西暦1225年)の報をいち早く知ることができた。
じいいっ、蓮生は明静の頭を見た。
「時に、明静さま、前に頭を剃ったのは?」
「えっと・・・三月ですな。新しい勅撰和歌集の精撰本を提出する際に。また、またも・・・またしても手直しが来るかと、胃が痛くなりましたよ」
「なら、もう四ヶ月ですか」
明静の頭はごま塩状態、主に短い白髪が生え、黒いのが少し混じっている。白いヒゲも伸びていた。
「わたしの頭は・・・ですね、あっちが出っ張り、こっちが角張ったりで、丸くならんのです。少し髪があったくらいで、やっと頭が丸くみえる。あなたの丸い頭は美しくて、実に羨ましい。剃り甲斐もありましょうなあ」
「お褒めいただき、恐縮です」
蓮生はつるつるの頭をなでた。
最初のコメントを投稿しよう!