序ノ節

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 どやどや、足音も高く、3人の大男たちが来た。 「勅撰和歌集の撰者がご来訪とか」  体も大きいが、声も大きな黒ヒゲ男たち、三つ子かと思うほど。 「御田六郎師重と申す」 「秦西七郎為友と申す」 「田苛八郎正角と申す」  武士の名乗りは聞き分けが難しい。ヒゲと筋肉は共通だが、わずかに額とか鼻や眉の違いはある。  明静は汗をふきつつ、小さく会釈した。暑苦しく感じるのは、決して夏という季節だけのせいじゃない。 「無学な板東武者とお思いでしょうが、日々、入道様より歌の研鑽を受けております」  ムキムキッと腕の筋肉を強調する男たち。  ほう、と明静は蓮生を見た。首を振って返してきた。成果は・・・問うまい。 「せっかくです、我らの歌を聞かせて進ぜる」  聞きたくもないが、この押し売りは断れそうにない。 御田の歌  小倉山 一刀で切り分け 新しき道  通して我が名を 世に残したし 秦西の歌  朝に鴨を捕り 昼には兎 夕には猪   鍋で煮込んで 腹満ちるやも 田苛の歌  焼き岩を 川に投げ込み 浮く魚  塩焼き 煮付け 燻製も旨し  明静は倒れそうになる自分を堪えた。  筋肉と胃袋が歌もどきを編んでる・・・ため息が出そうになって、呑み込んだ。言葉に出しては、武者たちとケンカになる。 「う、歌というものは・・・その時の天気、その時いる場所、その時の体調により、聞いた印象が変わるもの。天と地と人を見つつ、歌を編めるようになれば、良き歌人と言えるでしょう」  やっとのことで批評を出した。 「なるほど、天と地と人か! 雨の中で晴れを詠んでも、響かぬ歌になる」  野太い声がハモって響いた。 「確かに、我らの歌は自分の事ばかり」 「聞く者のことは考えてなかった」  涙にむせびながら、大男たちは去って行った。 「あんな連中と歌合わせとは、大変ですね」 「お察し下さり、ありがとうございます」  明静は肩から力を抜き、蓮生の苦労をねぎらう。  ゴロゴロ、頭上で音が鳴った。黒い雲が迫って来た。 「雨が来そうです。ささ、中へ」  蓮生の勧めで、明静は庵に入った。女たちは先に入っていた。
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