1人が本棚に入れています
本棚に追加
明静は歌の控えを見た。
「九十七首詠んだか・・・次は九十八首目」
うーむ、口をつぐんだ。
色紙を貼った襖を見た。手前から奥まで、ほぼ貼りつくしている。
「これで、最後としましょう」
九十八首目
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは
みそぎの夏の しるしなりけり
従二位家隆(藤原家隆)
「六月祓の歌です。出家してからは、やらなくなりました」
旧歴六月三十日にするのが、六月祓だ。夏の終わりに行う禊ぎ(みそぎ)である。夏至が過ぎて、昼が短くなったと実感し始める頃の行事となる。
まだ、入浴が日々の習慣となっていない時代だ。禊ぎとして、体を清潔に保つ行事は大切だった。
「道でころんだから、朝寝坊したから、下痢をしたから・・・色んな理由で、みそぎをする人がいます」
蓮生も頷く。
筆を置いた。
ふうぅぅ・・・長めの嘆息。
久々に多くの歌と接した。腹の中にたまっていた物が出てしまった感覚だ。
「仏陀は四十八箇条の教えを説いた・・・と伝えられます。倍の数の歌を書いて、それに我が歌を添えました。なかなかの物になりました」
「従二位さまもご存命で。末の二首は生きている者が詠んだ歌ですね」
はい、明静は頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!