第十三ノ節

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 明静は歌の控えを見た。 「九十七首詠んだか・・・次は九十八首目」  うーむ、口をつぐんだ。  色紙を貼った襖を見た。手前から奥まで、ほぼ貼りつくしている。 「これで、最後としましょう」 九十八首目  風そよぐ ならの小川の 夕暮れは  みそぎの夏の しるしなりけり        従二位家隆(藤原家隆) 「六月祓の歌です。出家してからは、やらなくなりました」  旧歴六月三十日にするのが、六月祓だ。夏の終わりに行う禊ぎ(みそぎ)である。夏至が過ぎて、昼が短くなったと実感し始める頃の行事となる。  まだ、入浴が日々の習慣となっていない時代だ。禊ぎとして、体を清潔に保つ行事は大切だった。 「道でころんだから、朝寝坊したから、下痢をしたから・・・色んな理由で、みそぎをする人がいます」  蓮生も頷く。  筆を置いた。  ふうぅぅ・・・長めの嘆息。  久々に多くの歌と接した。腹の中にたまっていた物が出てしまった感覚だ。 「仏陀は四十八箇条の教えを説いた・・・と伝えられます。倍の数の歌を書いて、それに我が歌を添えました。なかなかの物になりました」 「従二位さまもご存命で。末の二首は生きている者が詠んだ歌ですね」  はい、明静は頷いた。
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