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序ノ節
時は嘉禎元年(西暦1235年)の夏、七月のことである。
舞台となるのは、健在の京都市右京区嵯峨、小倉山の麓のあたり。
都の中心から、街外れの小倉山へ向かう牛車があった。1台目には貴人が乗り、2台目には荷物などが積んである。車列の前後は騎馬武者と徒の武者が固め、万全の体制で守っていた。
1台目の牛車に乗る出家僧、法名は明静と言う。俗名は藤原定家。齢は七十の半ばで、この時代では超高齢者に属する。年相応に足が悪いので、遠出には牛車が必須。
髪もヒゲも伸ばして、着ている物はボロボロだ。特定の寺に住持していないから、破戒僧と言われても気にとめない。自分はボロを着ていても、従者に良い物を着させている。一時とは言え、権中納言を務めた者の心意気である。
「綱どのが新たに建てたとは、どんな物やら」
明静は揺れる牛車の中で友を思った。
森と泉に囲まれて
静かに眠る
ブルー ブルーシャトー
隠居した者が出会う場を想像して、ちょっと時代違いな歌を口ずさんだ。
「見えてまいりました」
先導する騎馬武者が言った。
明静は前の方に目をやり・・・口が閉じなくなった。
小倉山と川を背にして、石造りの壁があった。街道に沿って、不揃いな石を無骨に積み上げた壁。中には大きな屋根があり、物見櫓には人の姿もある。
壁の奥には、石を積んだ台がある。石を崩せば、たちまち街道が塞がれるだろう。
「まるで砦のようだ」
街道の反対側には『M』の屋号を建てた茶屋がある。待久度愛琉堂と呼ばれ、近頃、都で店を増やしている出会い茶屋だ。顔を白塗りした男が呼び込みの色子を演じている。
砦の者が休みを入れる場であろう。外から都を目指す者には、ここで疲れを癒やし、身なりを整え直すこともできそうだ。
先導の騎馬武者に従い、牛車は砦に入った。
早朝に出たので、昼前に着けた。
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