PARADISE LOST

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 奈緒が目を覚ましたのは二時間後だった。腹ごしらえを済ませた子供はニコニコしながら、手足をバタつかせている。 「すみません、長居しちゃって」 「全然。いい子に寝てたよ」  顔色は幾分か血色を取り戻していたが、蓄積された疲れはまだ取れていないように見えた。 「……元旦那なんです。DVが酷くて別れた。その後鈴木さんに相談してここに引っ越してきたんです。部屋から出ないでいたんですけど……。どうしてか知って押し掛けてきたんです」 「そのこと、鈴木さんには」 「言えてないです。もし言って出て行かなきゃいけなくなったら、この子を育てながら働かなきゃならない。でも頼れる人もいない。働かなくてもお金が入るだけ、マシなんです」  奈緒は布団を強く握り締め、悔しさに顔を歪ませた。 「家ではいつも、この子を抱いてるんです。そうじゃなきゃ守れないから。だからまだ歩くこともできない。でも、いつかはこの子も幼稚園や学校に入れなきゃいけない。このままじゃいけないのも、分かってはいるんです……」  双眸から大粒の涙がこぼれ落ちた。  このマンションは、何かに追われて一人で生きていくことを選んだ人間にとって楽園だった。だがその内側に潜り込まれては最早なす術もない。清香には相談できる相手も居らず、袋小路に囚われた奈緒の姿が他人事とはとても思えなかった。 「事前に連絡くれたら、いつでも来ていいから」  そう言って連絡先を交換し、清香は奈緒を送り出した。
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