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遠くでサイレンの音が響いている。周囲が騒がしい。薄らと瞼を開けると、奈緒と制服姿の男性が目に入った。
「ごめんなさい、清香さん死んじゃうと思って……。警察呼んじゃいました」
奈緒は匠を抱いたまま泣いている。
何ということをしてくれたんだと思う一方で、どこかほっとしている自分もいた。
望み通りの生活を手に入れたはずなのに、望みが完璧な形で叶うことはなかった。
この世界では飢えも苦しみもなくなりはしなくて。生きるためだけに生きられてなくて、死ぬことも許されなくて。居ても居なくなってもいけないならばどこへ? その答えがこの楽園だったのに。理想郷はその名の通り、どこにもない場所でしかなかったのだ。
「大隈清香さん。まずは病院に行きます。その後、お話聞かせていただけますね?」
「……はい」
そうして善悪のない楽園を追放された私は罪を着る。服という檻に囚われて一生を終えるのだ。
もう二度と、楽園へは帰れない。肩に掛けられた上着がズシリと重みを増した。
-了-
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