真実

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 男の鋭い視線が向けられて、芹香は身体をびくつかせる。寒気に見舞われて、自分の身体を抱きしめた。山を駆け下りてかいた汗が、洞窟の冷気と恐怖で一気に冷えたようだ。その様子を見て、男は喉を鳴らす。  芹香の前に片膝をつき、そこで初めて男の顔がはっきりと見えた。目はまるで蛇のように瞳孔が細く、鼻は豚のようにつぶれて上を向き、口からは犬歯のような鋭い歯が覗いていた。毛に覆われた猿のような顔は、周りを囲う妖怪と同じだ。 「いい顔だ、その顔がもっと歪むさまが見たくなった。お前、霊狐の所にいればよかったものを、わざわざ自ら山を下りてくるほど親の死が気になるのか」  その言葉に、芹香は目を見開く。さっきの話で、あの手紙は叔父が自分をおびき出すために書いた嘘だと思ったが、男は両親の死についてなにか知っているように聞こえた。 「なに、を……知っているというの……」  これまで感じたことのないほどの恐怖や不安で、体中の血液がどくどくと波打ち、全身を駆け巡る。なのに、手足からは熱が失われて感覚がない程に冷たくなり、ますます震えが止まらない。 「俺たちは(ぬえ)という妖の一族で、霊力の高い生き物の血が好物でな」 「ぬえ……」 「美味い餌を手に入れるために、人間の願いを叶えてやることも多々あるのだ」 「餌……?」  思考が追い付かない芹香は、鵺の言葉を繰り返すことしかできない。 「あの時も世話になったなぁ。──お前の叔父には」  なにを、言っているのか……。  芹香は賢明に鵺の言葉の意味を咀嚼していく。芹香が理解するよりも先に鵺は言葉を続けた。 「お前の村に、霊力の強い人間──お前と両親が居ることは知っていたが、村自体が九宝嶽から流れる霊狐の霊気で守られていて、なかなか俺たちのような下級の妖は近づけないんだ。どうしたものかと様子を伺ってたら、なんとお前の叔父から話を持ち掛けられた。お前たち家族を殺してくれ、とな」  言葉を失っている芹香を見て、鵺は声をあげて笑った。 「お前の両親は実に美味だった。そして、あの二人よりも遥かに霊力の強いお前が早く熟れるのを今か今かと待っていたのに霊狐なぞに横取りされおって……なんと忌々しい」  ちっと嫌悪感を露わに舌打ちをする。 「まぁよい。またこうしてお前を手に入れたのだからよしとするが」 「……う、うそ……」 「嘘ではないよなぁ、人間」  鵺が亮二を見た。芹香もそれにつられるように叔父たちを振り返る。 「嘘ですよね? 両親を殺すために鵺と手を組んだなど、でたらめですよね⁉」  三人は身を寄せ合い、鵺から、芹香から視線を逸らすように俯いていた。 「叔父さま、叔母さま? 嘘だと……嘘だと言ってください!!」  洞窟内に芹香の悲痛な叫びが響き渡った。 「嘘だなんて言えないよなぁ。血の盟約を交わした以上、こいつらは俺の前で嘘はつけないんだ」  無言を貫く亮二たちに、芹香は鵺の言葉を認めざるを得ないことを知る。  愛する両親が事故ではなく、叔父によって鵺に差し出されたという事実がずっしりと芹香の中にのしかかった。昔から叔父たちが自分たち家族をいい風に見ていないのは感じていた。だけどまさか、殺すほど憎んでいたとは……。 「そ、んなぁ……あぁ……ああぁ……」  ぽたり、ぽたり。  薄暗い地面に涙が落ちて弾け、岩にしみ込んでいく。  いくつもの黒いシミが重なり、どんどん広がっていった。  両親は、実の弟夫婦に殺された。なんて惨い仕打ちだろうか。  憎い。  叔父たちが、憎くてたまらない。  地面の黒いシミのように、芹香の心の中で憎悪が膨れていく。  それを助長するかのように鵺が口を開いた。 「あやつは、如月の当主になりたかったんだとよ。お前の両親は、そんなことのために俺たち鵺に食われたんだ」  ──可哀そうになぁ。  しゃがれた声の囁きを聞いた瞬間、芹香の中でぷつりとなにかが切れた音がした。 「あああああああああぁぁぁ!」  突如叫んだ芹香は怒りに支配され、正気を失っていた。  芹香の体の周りを、黒い靄が覆う。  鵺は「ほう」と目を見張り、面白そうに目を眇める。  亮二たちはその覇気に震え、後ずさる。  洞窟内に転がっていた無数の石ころや岩が浮き上がり、芹香の頭上で一つに集まり大きな塊を作っていく。 「ひぃっ!」 「せ、芹香! お、落ち着くんだ、私が悪かった!」  芹香の目は曇り、虚ろに宙を見つめているだけで、亮二の声は届かない。その間にも頭上の塊は大きくなっていく。すでに芹香の体よりも大きな岩となっていた。
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