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「っ、めぇーーーーーーーーんっ!」
「一本!折宮!」
振り上げた竹刀を右脇に下ろし、道場の真ん中へ戻り、一礼。
見物に来ていた女子から黄色い歓声が上がった。
「ったく。アイドル気分かよ。いい加減にしろよ、折宮。ここは神聖な道場だぞ」
対戦相手だった三年生の鹿島 郁人先輩が面を頭から外しながら、こちらを睨む。
いや、それアタシに言われてもね。
アタシが呼んだ訳じゃないし。
見物にくる後輩女子たちも心得たもので、自分たちが邪魔にされないよう顧問の権田 泰造、略してごんぞうにレモンのはちみつ漬けや麦茶などを差し入れて、手なづけている。
顧問は嬉しそうに、受け取ってるし。彼女たちは部活が終われば、それ以上群がる事なく帰っていく節度があるし。
ゴンゾウも来るな、とは言わないんじゃないかな。
女子と対戦すると体格差が出てしまうので、顧問の指示を受けて、アタシは大柄な男子剣道部員と日々の部活練習を行っていた。
鹿島先輩は男子剣道部の部長を努めている人。
身長は180cmとアタシより高いけど、なにかにつけて突っかかってくる。
性格に難アリ男子。
あんなにガミガミしたところを見せられたら、いくら身長があって少しくらい見目が良くても、モテないだろう。
「ちょっと! 鹿島くん、うちの王子に難癖つけないでくれますぅ? 君の練習のために貸し出してるだけなんだから、文句言うなら王子をウチに返してよ!」
勢いよく鹿島先輩に文句を言っているのは、女子剣道部部長の佐渡 里衣奈先輩。
佐渡先輩は155cmくらい。ショートカットが似合う朗らかで可愛らしい女子。
「うるせぇな。そっちがチビどもしかいねぇからこっちで稽古つけるハメになってんだろ。悔しかったら、もっとデカくなりやがれ。チビどもめ。折宮! 道場の床拭きと、神棚の掃除、お前やっとけよ。ちょうどいいだろ、神棚は高いところにあるんだから。お前のデカさが役にたつ」
「なっ……!!!」
言い返そうとしてくれた佐渡先輩を制して、頭を下げて返事をした。
「はいっ。ありがとうございました!」
先輩の指示は絶対。
返事+お礼。
それが剣道部の代々ルール。
「鹿島、佐渡! 練習メニューについて話があるからちょっと来い!」
顧問が部長二人を呼ぶ。
佐渡先輩は心配そうにアタシを見たけれど、大丈夫というように、笑顔を見せた。
鹿島先輩と共に、渋々と言う体でゴンゾウの元へ走っていった。
他の部員たちもそれぞれ更衣室に戻っていく。
掃除を言いつけられたアタシは一人、掃除用具入れからモップとハタキ、バケツと雑巾を出した。
「デカさが役に立つよねぇ……」
誰も居なくなった道場で思わず一人、呟いた。
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