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3
「でかい声の一人言」
不意に背後から聞こえた声に、飛び上がった。
そんなアタシを見て、声の主はニヤリと笑った。
「王子でも、そんな風に驚くんだな」
石井 章、同じ学年。隣のクラスの男子。
賑やかなタイプではないけれど、部活では、寡黙にコツコツと練習している姿を目にした。
神棚にパンッと手を合わせ、一礼した石井はいつの間にかバケツに水を汲み、真新しい雑巾を水に浸すと器用に絞り、神棚を拭き始める。
石井が神棚を大切に思っていることが分かる所作。
こういうとこ、素敵なやつだな。
アタシより小さいから、恋愛対象にはならないけど。
そう思いながらアタシは石井に言った。
「あ、いいよいいよ。アタシが頼まれたんだし。勝手に手伝うと、石井まで鹿島部長に叱られるよ」
「なんで?」
石井の返事に思わず詰まった。
「なんで、って。先輩の指示は絶対だし……」
「くっだらね」
「くだらない、って言われても……」
「じゃあ先輩が犯罪やれつったら、やるのかよ」
「そんな指示は先輩出さないし」
「同じだろ。さっさと片づけんぞ」
ぶっきらぼうに言いながら手早く、床掃除に移る。
足の裏、防具の隙間から汗が流れて床に飛ぶので、床は常に綺麗にしておかなければならない。
通常は1年生が掃除をするのだけれど、最近は鹿島先輩からアタシが道場の掃除を指示されていた。
自分が使っている道場の神棚を敬い、綺麗に保つこと。
道場に敬意をもつこと。
そう思っているから、指示されたことは別に嫌ではなかったけれど。
綺麗になっていたらみんなが気持ちよく部活に身を入れられると思うし。
黙ってそんな事を考えていたら、石井はアタシが自分の言葉に傷ついたと勘違いしたらしい。
「あ、いや、ごめん。別に折宮を責めてる訳じゃないんだ」
そう言うと、アタシたちは黙って床を水拭きした。水拭きが乾いたら、ワックスをかけて乾拭き。
床に光沢が出て、ピカピカになったら終了。
その頃には、着替え終わった部員たちが帰って男子も女子も更衣室は空っぽ。
面と小手などの布製防具に消臭剤を少しだけかけて、消臭。
更衣室や部室の窓を開け放って、換気。
部室を掃き掃除したら、今度こそ本当に終了。
「いつも部室と道場が気持ちよく綺麗になってるのは、折宮のおかげだよな。床もペタペタせずに、いつもサラッとしてる。部室の汗のすえたような匂いもなくなった」
突然石井が話し始めたことに、アタシは戸惑った。アタシにしてみれば、どうってこともないし。
「頼まれているのは、道場の掃除だけなのにさ。そして皆、折宮がここまでやってることを知らない」
言葉を切って、石井がアタシの方を向く。
アタシたちは、対面した。
アタシより6cmくらい小さい石井。
コイツ、背が高ければもっとモテタだろうな。
などと考えていたら、真顔で石井がぶっ込んで来た。
「折宮が気になって、ずっと見てた」
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