一話:死にそうな友達

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一話:死にそうな友達

 トントン。  トントン。  トントン。  外は雨だ。入学式を終えたばかりだいうのに雨が降る。爽やかな春の季節だというのに生憎の雨。  中等部から高等部への進学は、私にとってただの途中経過だったが、他の連中はそうでもないらしい。きゃっきゃっと楽しそうにはしゃいでいる。  青春。  友達と競い、友情を育み、笑い合う。  心底くだらない。  そんな事よりも研究のほうが大切だ。  研究。そう、私は、研究をしている。テーマは人間の限界と、その超越する方法について。  色々不思議な事が多い人間だが、限界と言うのは存在する。それを超越したい。  他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。  それが生物の本質だ。私は、科学的なアプローチでそれに至ろうとしているが、手詰まりを覚えていた。  足りない。  時間も、機材も、情報も。  今まであやゆる手段で成果を上げてきたが、ここにきてついに停滞してしまった。停滞は水に放り込まれた鳥のように息苦しくてもどかしい。 「……アプローチの根本的な見直しが必要か」  ため息が出る。  全く、どうしようもなく、もどかしい。  詰まるのは良い。だが、まだまだ試していない研究はあるのだ。しかしそれには金も、機材も、実験体も、時間も、まるで足りない。  私は、天才なので家からの資金や、これまでの成果を見込まれて投資されているが、それにしたって足りない。足りない。足りない。  自室に戻る道すがら、珍しいものを見た。  ボロボロの体をした人間だった。手足は傷だらけで、顔色は悪く、背筋は丸まっている。  黒い。とても黒い人間だった。  金色の瞳だけが浮いていた。 「……そっちは工事中だよ」 「トモダチが……私の、トモダチ……どこですか」  ブツブツと呟きながら、改装工事をしている校舎へその人間は入っていった。  その人間の異様さに、私は、惹かれた。  私は、後をつけた。静かに息を殺して、足音を立てないようにゆっくりと後ろ姿を追いかける。 「……ああ、やっと、見つけた。私の。私のトモダチ」 「ちょ、本気かい!?」  その黒い人間は、なんと建設途中の教室へ入り、そのまま校舎の外へ落ちようとしていた。流石に見過ごせない。私は、慌てて黒い人間に追いつき、安全なところまで引きずり倒した。 「バカかい君は!? 死ぬなら私のいないところでやってくれ!! わざわざこんな私のいる学園で死のうとするんじゃない!!」  私は叫んでいた。  黒い人間は、呆けたように私の顔を見つめると、歯をガチガチと鳴らして、自分の体を抱きしめた。 「……大丈夫かい? 君は」  黒い人間は、はい、と小さな声で返事をした。  可愛らしい声だった。  黒く、ミステリアスな雰囲気とは裏腹に、子供っぽい声だった。 「なんで、君は、わざわざこんなところまで来て、飛び降り自殺なんてしようと思ったんだい?」 「……」 「話ぐらいなら聞いても良いだろう。命の恩人だぞ」  余計なお世話、そう言われると思っていた。しかし予想は裏切られて、むしろ感謝するような様子で、彼女は頭を下げた。 「助けてありがとうございます。時々あるんです」 「死にたいと思うことが?」 「いえ、そうではなくて……」  言いにくそうに、彼女は眉を寄せる。 「私は黒野喫茶です」 「私は亜門光。それで死のうとする説明はしてくれないのかい?」 「……信じてもらえないと思うんですが、私には普通の人には見えない存在が見えるんです」 「ふぅん」  私は、返事を曖昧にする。 「続けたまえよ。まずは話を聞こうじゃないか」 「……! 私には普通の人には見えない存在が見えます。それは相手も同じで、良くないものだった時は、攻撃されるんです」 「攻撃……意識を奪われる、ということかな?」 「はい。あの時の私はトランス状態や酩酊状態というべきで、私の意思とは関係なく、死へ誘そわれてしまうんです」 「それはまた……難儀なことだね」  科学的な根拠はない。妄想や幻覚、妄言、虚言、そう断じてしまうのは簡単だったが、私はそれを保留にした。本人がそういうのならば、それをわざわざ否定することもない。 「じゃあ、さっきのは自分の意思では無く」 「はい、助けてくれてありがとうございます。助かりました」 「それは良かった。では寮へ帰ろうか。ここは物理的に危ない場所だ」 「そうですね」  同じ方向に私達は歩いていく。  そして同じ部屋に辿り着いた。  は? 「あ、もしかして亜門さんとルームメイト?」 「運命だね」 「はい。でも、私はすぐにいなくなると思います」 「それはまたどうして?」 「私は良くないものに魅入られてしまう。だから私は家から出るべきじゃないんです。それを今日、自覚しました」 「それは極端な」 「事実です。もしかしたら亜門さんも死んでいたかもしれません。私は、存在してはいけないんです。夢を見てはいけない忌み子なんです」 「ふぅん。暗いね」  黒野喫茶は顔を俯かせて黙った。なんでそんなに自分を下卑する。別に君が悪いわけじゃないだろう。なのにさも自分が全部我慢すれば良いみたいな態度……私はそれが気に入らなくて、頭を掴んで上げさせた。なんだか怒りが湧いてきた。 「ふざけるなよ、黒野」 「え……?」 「夢を見たから、外へ出たんだろう? 君のことだ、子供の頃からそうだったんだろう? そして周囲から否定的な言葉を投げつけられた」 「は、はい。そのとおりです。私は頭がおかしい。異常だと、嘘を付く、妄想癖のあるクズだと言われてきました」 「だが、君は嘘はついていなんだろう? 君の世界では、当たり前にあるんだろう? なら自分を肯定しろ。私は間違っていないと噛みつけ。周囲の人間に否定されようが、私は真実を言ってると胸を張れ。そこに偽りがないのなら!」  私は何を熱くなっているんだ。キャラじゃない。私はこんな事をいうやつだったか?  でも、嫌なんだ。自分の見ている景色が、他者と違うからって否定されるのは嫌なんだ。それはまるで……私だから。だから腹が立つ。守ってやりたい。どうにかしてやりたい。目の前にいるのは凡人に囲まれて燻っていた頃の私なのだ。 「私が研究してやる。私が解明してやる。私が肯定してやる。私の実験体になれ。私が君の世界に光を当ててやる。誰も君に文句を言えない存在にしてやる」  馬鹿な誘いだ。出会って数分の相手に何を言っているんだ。だけど本気だ。彼女が本気ならば、手を取ってくれるならば、私は、全霊をとして彼女に光を当ててやる。 「亜門さん……その、私をよろしくお願いします」  そして亜門光と黒野喫茶の契約は成さされた。  
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