第五話:敵襲①

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第五話:敵襲①

 ――翌日、非常に憂鬱な気分で学校に行く。  調査対象の『白羽逆刃』とは同学年だが、別クラス、如何にして情報を集めるかが問題である。  一つクラスが違うと、接点が中々持てないのは過去の経験から明らかな事実である。  何の理由も無く偵察を行えば相手に100%察知されるし、かと言って他人伝えで彼女の事を聞くのも波風を立てて警戒心を呼び起こす行為になる。 (同じクラスだったなら、遠目から監視する事が出来たんですけどね……)  相手に察知されずに情報を盗み出すのが理想だが、その名案が思い浮かばない。  ――『能力』を使っての監視、一応一つしかクラスが違わないので可能と言えば可能だが、感知型の能力を持っていると思われる『白羽逆刃』本人に視認される可能性が高い事と、他の能力者に目視される危険性を顧みれば論外と言わざるを得ない。 (とりあえず、授業中に考えましょう)   あれこれ思案に耽りながら教室の扉を開き、てくてくと自分の席に歩いて行く。  その最中に、偶然『近くのクラスメイト』と視線が合う。此方としては特に接点がないのだが――何故か眼が合った瞬間に泣かれる。 「え、えぇ!? 私、何か泣かせるような事しましたか!? 全然心当たり無いんですけど!?」  泣く子への対処方法など心得てないし、あたふたと困惑する。  入学式からこの三日間、というか二日目は一時限目に早退だから実質一日だが――名も知らぬ生徒との接点は皆無である。まだ一言も話し掛けた事の無い友達以前の仲である。 (おお、落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ! 素数は1と自分の数でしか割り切れない孤独な数字、神父に勇気を与えてくれるかもしれないが私にとってはあんまり意味無いような、2、3、5、7、凄く落ち着いたけど解決策がない!?)  泣き続ける『名も知らないクラスメイトA』を『クラスメイトB』があやしながら何処かに連れて行く。  黒野喫茶は教室のど真ん中でぽつーんと立ち尽くすのみである。冷静に周囲を見渡すと、突然泣いた『クラスメイトA』への目線は少なく、むしろ自分が奇異な眼で見られているようだ。 (これは私が突然泣かせたからの視線なんですか? それとも何か別の理由が?)  釈然としない思いで自分の席に付いた時、自分の机の前に見慣れた金髪少女が立っていた。  これは間違い無く有罪判定で怒鳴られるな、とある種の理不尽に対する覚悟をした時、この勝気な見た目の少女には珍しい暗く沈んだ顔を浮かべていた。 「……アンタ、他の転校生が次々と行方不明になった事は聞いているよね?」 「……はい。聞きました」 「……それ、ね。此処では珍しい事じゃないの。転校生を問わず、元からいる人もだけど」  それは昨日、亜門光から聞いた話であり――すっかり失念していた。  裏の事情を知っている自分はそういう理不尽な事の一つとして受け入れているが、舞台裏を知らない学生からの視点ではどうだろうか? 「珍しい事じゃない? どういう意味ですか?」  演技出来ているかなぁと思いながら、黒野喫茶は白々しいと自嘲する。  初対面に等しい彼女が自分の内面に気づかない事を祈りながら、必死に内情を知らない人としての演技をする。 「……だから、このままいなくなる事が多いのよ。私達は、そういう奴をもう何人も見てきた」  一度でも顔を見知った学友が明日には行方不明で二度と会えない。  そんな異常事態が多発している事を知ってはいたが、現場である学校ではどうなっているかは想像が及ばなかった。  特に感受性の強い年頃だ、気が病む者が出てくるのも仕方ないだろう。 「――昨日、早退したでしょ? 何となくだけど、アンタもあのままいなくなると思ってた。アンタにとっちゃ、失礼極まる話だけどね」  危うくそうなる可能性があっただけに、笑うに笑えない。  つまり、今日の皆の奇異な視線は「死んだと思ったのに生きていた」という驚愕に他ならない。  身も蓋も無い話である。大多数の者が『行方不明になっただろうな』と思われるこの異常な環境が、であるが。 「泣いたあの子は多分人一倍心配していたんだと思う。……結構、堪えるのよね。顔を見知った学友が明日には消えちゃうのって。土地に馴染みなない貴方にはアンタには全然解らない感覚だと思うけど」  まさかこんな処に影響があるとは想像だにしてなかった。  日常の癒し要素たる学園生活にこんな鬱要素が潜んでいるなど誰が想定しようか。  ……誰か一人ぐらい、彼女達の気持ちを考えた能力者は居るのだろうか? 恐らく、居なかったからこそ『総理大臣』が管理するほどまでに平然と過ごすことが出来たのだろう。 「……アンタは、いなくなんないよね?」 「……少なくとも、自分からそうなりたいとは思えないし、今後に失踪予定は無いです」  自分なりに冗談を籠めたつもりだが、今のオレはちゃんと笑っているのだろうか?  心配する点は同年代の少年少女と比べて妙に鋭い一面があると個人的に考える。 「何かあったら、すぐに相談しなさい。力になれるかもしれないから」 「はい、もしもの時は頼りにさせて貰います」  その機会は永遠に無いだろうと心の中で付け足す。そんな窮地に陥ったのに彼女まで道連れにしては此方としても立つ瀬が無い。  去り際に一瞬浮かべた陰りのある表情が印象に残るが――などと考えていた処で、クラスメイトBに付き添われたクラスメイトAが帰ってきた  その両眼は涙の痕は無いものの、赤くなっており、じんわりと罪悪感が湧いてくる。   「ご、ごめんなさいっ。突然泣き出しちゃって……!」 「此方こそ申し訳ありません。取り乱してしまって」    クラスメイトA健気にも気丈に振る舞い、黒野喫茶は合わせるように、というより動揺を口から漏らすように言葉を綴ってしまった。  ――そして朝礼の時間、新たに四人の学生が行方不明になったという『訃報』を聞き、憂鬱な気分はどん底まで突き落とされるのだった。      校庭の裏で端末を鳴らす。  程無くして亜門光と通話状態となる。今は一つでも情報が必要だ。生き残る為に――。 『――残り一名の地方から来た入学者の名前は『御剣剣』という名前が現代風で読み辛い男子学生だね。二日前に別組織からの勧誘を受けている』 「一応、私と同じような立場という訳ですか」  奇妙な連帯感を抱かずにはいられないな、同じ危険に晒される立場としては。  そしてこの『御剣剣』は奇しくも『白羽逆刃』と同じクラスだ。彼との交渉価値は極めて高いだろう。 『彼との接触を図って『白羽逆刃』との架け橋にする気かい。悪くない手だが、警戒を怠いようにね』 「はい、解っています。同じ身の上だ、協力出来ればそれに越した事は無いですが――」  一人、また一人生徒が消えていく中、最後の二人として消されないように協力出来ると信じよう。  ほんの一瞬の出来事だった。黒野喫茶の額、心臓部、喉に三本のナイフがほぼ同時に突き刺さったのは――。 「――っ、ぁ――」  自分の掠れる声で何かを呟き――その単語を理解した瞬間、自らの『能力』を出していた。 「『ダークマター』――ッッ!」  『ダークマター』を纏わせて強化した足で地を全力で蹴り上げ、最速で茂みの中に隠れる。そして刺さったナイフを引き抜いてダークマターで傷口を埋める。  一瞬遅れて、自分の立っていた空間に二本のナイフが音も気配も無く唐突に現れ、力無く地にからんからんと落ちた。 『何が起きた! 返事をしろ、黒野喫茶ッ!』 「敵襲です、いきなり私の頭部と心臓部と喉にナイフが突き刺さったッ! 『空間転移(テレポート)』です」    あのまま、あの場所に居たらナイフの連続転移によって殺されていた。いや、それ以前に――最初に首が切られていれば死の回避は不可避だった。  ――『空間移動』は文字通り空間を移動する能力であり、今のようにナイフのような小物を転移させるのは至極簡単な事だろう。  物体を転移させてから移動地点に到着するまでには若干のタイムラグが存在し、演算負荷が大きくて発動にも時間が掛かるが、暗殺手段としては極めて優秀だろう。  反対に、昨日の夜に亜門光から稽古を受けて会得した能力『ダークマター』は無限の物質を生成できる。脚力を強化する物質や、切られた傷を治癒させる物質など何でもあり、だ。その分、弱点として生成した物質と同等の対価を支払う必要なある。  黒野喫茶の財布のバックの中身は随分と軽くなっていた。  ぎり、と罅割れする勢いで奥歯を噛み締める。胸に湧き出る怒りが理性を焦がす。よくも私わ殺そうとしてくれたな――! 『――敵の姿は確認したかい?』 「いや、それらしい姿は見当たらない。『御剣剣』の顔写真を送ってくれ。仕留めたら再び連絡します」  校庭裏、この近辺の何処かに『空間移動能力者(テレポーター)』と思われる『御剣剣』が潜んでいる。  正確には校舎に腰掛けていたのだから、敵は校舎の窓隅に潜んでいる可能性が大きい。茂みの中に隠れたので、此方の居場所を掴めてないのか、空間転移による不可避の攻撃は止まっている。 (幸いな事に背後には誰もいない。『風の流れ』におかしい場所は無い。なら、一階二階三階の窓辺のどれかか。見た限りでは、人影すら無い)  いや、本当に窓辺に潜んでいるのだろうか? あそこでは此方の様子を確認すると同時に此方に発見される危険性がある。  反撃の機会をみすみす与えるようなものだ。この敵が考える事は単純明快だ、一方的に安全に殺害したいに尽きるだろう。 『待つんだ、一つだけ忠告を。基本的に能力者同士はヴィジョンが見える。ヴィジョンが能力始動のトリガーとなる場合が多い。逆にヴィジョンが無い場合もある。その場合は始動が見えない注意したまえ』 「ありがとうございます、十分過ぎる助太刀です――!」  通話を切り、再び思考を巡らせようとし――硝子のようなものが木っ端微塵に割れる音が鳴り響き、直後に近くの樹木が倒壊した。 「っ!?」  倒壊に巻き込まれる直前に飛び出し、踏み潰される難を逃れる。倒壊した樹木の周囲には硝子の破片が無数に飛び散っており、樹木の切り口はそれはそれは鋭利な物だった。 (窓の硝子を飛ばして切断かよ。首にでも決まれば物理防御無視のまさしく『必殺』だな。最初の時にやれば首を吹っ飛ばせたものを――)  この攻撃手段の御蔭で、敵は此方の居場所を完全に掴んでいない事を確信する。  同時に敵はこの近くにいない。見た処、近隣の校舎の窓に変わった様子は無い。視認出来る距離にいないという事だ。  別の手段を持って此方を遠くから眺めていると推測出来る。  炙り出したのに関わらず、致命的な攻撃が飛んでこないのが良い証拠だ。此処はほぼ死角という事か。 (……校内の監視カメラが怪しいか。警備用に導入された代物だ、私立の小学校である此処には何処かしらに仕込まれているだろう)  その手の映像を見れるのは警備員の詰め場所と言った処か。  ――種は割れた。この敵は自分の敵ではない。初見で殺さなかったのが最大の敗因である。      
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