七話 デート

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七話 デート

「あのね、女の子にデートを誘ったからには男の子には一瞬足りても退屈させない義務があるんだけど?」 「私は女です」 「私も女だねぇ」   今、自分の目の前に大層不機嫌そうな顔をしていポニーテールの少女の名前は『白羽逆刃』――そう、目下、最大の異分子である監視対象である。  そして黒野喫茶の隣にいるのは亜門光。  何故その彼女と喫茶店でお茶、穿った意見では3人でデート、という異常極まりない事態になっているのかは黒野喫茶が誰よりも問い質したい処だ。 「いやいや、誘ったのは貴方の方でしょう。それにこれがデートだすって? 宣戦布告か奇襲作戦の間違いじゃないんですか?」  そう、彼女の予測不可能の先制攻撃は放課後と同時に来た。  いきなり此方のクラスに入ってきて皆の目の前で堂々と「ちょっと付き合ってくれる?」なんて爆弾発言を落とした。  此方としては「皆に噂になるのが恥ずかしい」と返して回避してやりたかったが、あの時は予想外の展開に機転を完全に失い、成すがままに今の混沌とした事態になっているのである。 「器の小さい人ねぇ。小さい事を愚痴愚痴と女々しいわぁ」 「いや、どう見ても小さくないですから。とても重大な事態だと私は確信しているのだが」  今の処、終始、不遜極まる彼女のペースに乱されているという訳である。  アイスコーヒーを飲みながら、油断無く彼女を凝視し続ける。  ココアを頼んで優雅に飲む彼女は中々絵になっているが、彼女は少なくとも最低一人は外部生を破滅に追い込んだ悪女であり、現状では意図が掴めない敵である。 「御剣剣の事なら心配しなくて良いと思うよ。どうせ『総理大臣』が先手打つだろうから。このまま行方不明になったのならば真っ先に貴方が疑われるから、当人には暫く登校拒否になった挙句に何処かに転校する事になるでしょうね。書類上の問題だけど」 「……自身が『能力者』である事を堂々と晒すんですね?」 「ただの事情通かもしれないわよ? 君達の事情に詳しい一般人も探せば居るものよ」  彼女は此方をからかうように余裕綽々と笑う。  その表情には清々しいぐらい純然なる邪悪が滲み出ており、あろう事か様になっている。女悪魔か、女魔王という処だ。 「……単刀直入に聞く。何が目的だ?」 「他の八人と同じように扇動しに来たと思うの? そんな安直な解答に至る単細胞なら失望の極みなんだけど。女性の繊細な気心を察するのが良い人間の第一条件よ?」  驚愕の新事実がその何気無い一言で発覚する。  最低一人かと思っていたら、暴走した御剣剣以外全員の死に関わっていた。それを当たり前の事実のように語れる感覚が恐ろしいし、同時に許せなかった。 「悪いが、腹黒い女の内心なんざ解りたくないんですけど?」 「女の子はね、何歳になっても心は乙女なのよ? 減点ね」 「くくっ……人の金で飲み食いしている奴の言葉じゃないね」 「高いデザートばかり頼んで……全く。亜門さんがいなければどうなっていたことか」 「何を言ってんの、女の子を楽しませない最低最悪な人でも財布役は出来るんだから、喜んで支払いなさい。臨時収入もあるでしょ」 「……」  驚愕の眼差しを向けた処、彼女はさもおかしいという具合に小憎たらしく笑った。黒野喫茶に亜門光に小突かれる。 「全くダメダメな間諜ねぇ。顔に答えが全て出ているわよ」  ……今度は眼が点になる。全て見抜いた上で誘う? 何だこれ、此処はまさに死地じゃないだろうか?  緊張感を一段と高める。意識を臨戦状態から戦闘状態に移行させる。何か一つでも変な行動をすればダークマターのヴィジョンの拳を容赦無くぶちかませる状態にする。 「私が『総理大臣』の間諜と解っていて話すんですか?」 「何処の世界に間諜と仲良くなってはいけないって決まりがあるの?」  パフェを食べながら、白羽逆刃は平然と語る。どうやら彼女の感覚と一般常識は相容れないようだ。  言葉のドッチボールだ。まるで掴み所が無く、常に空振る勢いである。それなのに此方の魂胆は全て見透かされている感じがして肌寒い。  あの『総理大臣』の時も同じ感覚を味わったが、この少女も同様――同レベルの異常者なのだろう。 「それじゃ間諜は間諜らしく、堂々と聞くか。何故八人の外部生を殺した?」 「――人聞き悪いわねぇ。私自身は一回も手を下していないわ。少しだけ誘導した結果、彼等が勝手に破滅しただけよ?」  などと意味不明な供述をしており、皮肉気に「堂々と調査対象から話を聞く間諜なんて初めて知ったよ」と付け足す。  というか、結果的に彼等の死因になっているじゃないか。  怒りを隠せずに睨みつけるも、その視線に動じる事無く、パフェを幸福そうに食べる。図太い神経だ。非常にやり辛い。 「今まで能力者である事を徹底的に隠匿していたのに関わらず、よりによってこの時期に行動を起こした理由は?」 「別に隠していた覚えは欠片も無いんけどぉ? そうねぇ、強いて言うならば退屈な役者に退場願っただけかな?」  ――この女は、一体何を言っているのだろうか?  吐き気を催す邪悪の化身が、ただただ童女のように純粋に笑っていた。 「この街の現状はとても混沌としていて面白いのに、ぽっと出の大根役者が現れても萎えるだけでしょ? 手間を省いただけよ。どの道、彼等程度ではどう足掻いても生存出来ないし」  確かに、現状ぽっと出の能力者が馬鹿みたいに振る舞えば、この『街』は微塵の容赦無く牙を剥いて食い散らすだろう。  もしも自分が亜門光と接触して無ければ――果たして生き延びれただろうか? 第一印象は最悪だったが、彼は自分にとって救いの神、命の恩人だったのではないだろうか? 「――その点、君は合格かな。この街に来てから少なくとも三度死に直面し、ちゃんと的確に回避しているんだから」 「三度?」 「あら、もう忘れたの? それともあの程度の窮地は日常茶飯事かしら? 一つは魔導師、ランクCの陸戦だったかな? あの程度の雑魚は蹴散らして当然だけどね。二つ目は『総理大臣』よ。初見で彼に始末された能力者って少なからず居るのよ? 三つ目は『空間移動能力者』で、内面はボロボロの塵屑だったけど、能力が能力だっただけに厄介だったわねぇ」  ……考えてみれば、一日に一回ペースで死ぬような危険と相対しているような気がする。そして自分の中の『総理大臣』の危険度を更に一段階向上させるのだった。 「何か知らないが、お前も『総理大臣』も私の事を過大評価してないですか? 私は物語の主人公になれる資格なんて持ち合わせてないですよ?」 「興味深い話だね。貴方にとって『主人公の条件』とは何だと思う?」  今度は興味津々と言った具合に話に食いついてくる。今一彼女の人物像が掴めない。  冷徹無比な悪女かと思いきや、今みたいに童女のような反応も返す。何方も彼女の一面という事なのだろうか? 「今まで一度も考えた事の無い話題ですね。一番強くて運が良くて格好良くてモテモテとか?」  思い浮かべる主人公を適当に思い浮かべながら返すと、白羽逆刃は物凄く不機嫌そうに口を尖らせて沈黙する。  無言の抗議である。元が美少女なだけに様になっていて恐ろしい。  茶化す場面では無かったようだ。少しだけ反省する。 「じゃあ、私が返答させもらおうかな。主人公の条件、『異常』であること、だ」 「ほほう、その心は?」 「平凡な奴では務まらない事は確かです。異彩を放つ何かを持っているというのは、他人とは外れた部分を持ち合わせているという事になるんじゃないでしょうか?」 「面白い意見ねぇ。他の人間より優れた部分を『異常』呼ばありかぁ。中々洒落ているね」 「そういう君はどうなんだい? 人に聞くからには自らの解答ぐらい用意してるんだろう?」  黒野喫茶は黙ったまま話を聞く。亜門光の話題提供、話を繋げながら相手の性格・嗜好などを探っていく事に徹している。こういう他愛無い会話に重要な要素は含まれている事だ。気づくか気づかないかは別次元の問題だが。 「その物語に対する『解決要素』を持つ事が『主人公の条件』かな。強さは必要無いし、異性を惹き付ける何かも必要も無い。物語という立ち塞がる『扉』の前に『鍵』を持っていれば良い」 「何だかかなりメタ的な要素だな。……その定義からするとこの世界の主人公は誰になるんだ?」  巻き込まれ型の主人公を全否定する身も蓋も無い定義である。でも、その手の主人公は読者と近い立場を取る事で物語に感情移入させる目的なのが多いか。 「この物語は主人公が不在でも勝手に解決する。故に主役という駒は実は不在なのよ。もし主人公がいるとしたら役割は解決が約束された舞台を踊るだけ――『道化』だね」  清々しいまでに良い笑顔である。将来、こういう笑顔をする女性には金輪際近寄りたくないものである。 「そんな舞台だからこそ、舞台裏で蠢く根暗な『指し手』が好き勝手に暗躍出来るのよ。チェスの盤上のように物語を見立て、複数のプレイヤーが同時進行で手を打って状況を動かす。中には一人で勝手に動く駒もあるけどね」  そして白羽逆刃は「そういう奴に限って戦術で戦略を引っ繰り返すイレギュラーだったりするんだけどねぇ」と愉しげに付け加える。 「――貴方なとって、人の命とは何なんですか?」 「人の命なんて単なる消耗品よ。当然、他人も自分も等しくね」  こんな遊び感覚で生命を散らした者がいるなど、遣る瀬無い。  白羽逆刃は挑発的な笑みを浮かべる。今の自分の正当な怒りが、さも滑稽に映ったらしい。 「――私の行いは間違い無く『悪』よ。これから積極的に事を起こすだろうし、犠牲になる人も増えるだろうね。これは呼吸をするかのように娯楽を求める行為、止めたら窒息死しちゃうわ」  ――やはり、彼女・白羽逆刃とは殺し殺される局面まで行くしかないらしい。  ある種の覚悟をした瞬間、白羽逆刃は溜息を吐いた。まるで子供の理不尽な怒りに対応する腐れた大人のような不逞な尊大さで。 「そうね、此処で貴方に敵対行動を取られ、直接対決になるのは今現在の状況下では望ましくないわ。命乞いの算段でもしようかしら?」  くるくると自身の前髪を指先で弄りながら、彼女は余裕綽々に笑った。  ――それは自信満々の、一片の迷いも無い、不敵な微笑み。  殺し合いをする寸前まで此方の感情を悪化させておいて、それすらも彼女にとっては遊び感覚なのだろうか? 非常に忌まわしく思う。  この女は此方の感情の動きを全て理解し、把握した上で嘲笑っている……! 「君の価値が『総理大臣』に高く評価されているのは私の『当て馬』として非常に優秀だから。私と『総理大臣』が相争う最中は余り失いたくない手駒だろうね。それじゃ早期に決着が付いてしまえば? 君は『総理大臣』にとっていつでも使い捨て可能の捨て駒まで落ちるし、私にとっては敵対者の残り香として直接的にしろ間接的にしろ排除に掛かるだろうね」  彼女の口車に乗るつもりは一切無いが、それはあの『総理大臣』の『メイド』が救援に来るという異常事態についての明確な解答に他ならなかった。  そういう目的であれば、ある程度は納得が行く。あの状況では傍観が最善だった筈、それなのに労を要して介入してまで助けた理由があったと考えるべきだ。  それが彼女の言った事であると断定するのは危険極まる話であるが――。 「君自身の生存率を高めるのならば、私と『総理大臣』の暗闘が継続中の方がむしろ望ましいという事さ。君としても、ただでさえ危険の多い原作中に危険を倍増させる行為は控えたいでしょ?」  白羽逆刃は此方の心の中に僅かに生じた葛藤の芽を育むように、親切丁寧に補足説明する。  その危険度を更に高めている張本人から言われれば説得力は倍増だ、と心の中で猛烈に毒付く。 「そして短絡的に此処で決着を付ける行為は非常に愚かだね。まず一つに情報アドバンテージが段違いである事。私は君の『能力』が物質を操る類のものだと推測出来ているのに、私の能力に至っては情報が皆無。でもまぁ『総理大臣』自身は此処で激突して私の能力を確かめられるからそれで良いと考えているだろうね――御剣剣の時とは違って、援軍は来ないという事さ」  ――そう、問題はまさにそれだ。  黒野喫茶は彼女の目の前では『ステルス』を使っていない。ただ『ヴィジョン』を飛ばして御剣剣を力任せに殴り飛ばしたのみである。  それなのに黒野喫茶の能力が物資を操る類であると断定しているのは正体不明の察知能力及び監視能力の高さが此方の予想を遥かに上回っていた事の証明だ。   (最大の泣き所は、奴の戦闘能力の有無が欠片も解らない事。全てハッタリだとしたら称賛物だが、此方の『ステルス』を考慮した上で勝てると踏んでいる……)    能力の全てを晒した覚えは無いが、秘めたる能力が未知数である以上、敗北の可能性は常に濃厚に付き纏う。  いや、敗北の可能性など戦闘をする限り大小問わずに生じるものだ。今はこれの危険度から察するに、早急に排除した方が良いと黒野喫茶の勘が警鐘を鳴らしている。  彼女は残念ながら存在するだけで犠牲者を量産する正真正銘の『悪』だ。許されざる存在である。 「――凄いね、自分の生命と街の平穏を天秤に掛けて迷えるなんて。献身的だねぇ、まるで本物の『正義の味方』みたい」  ……これまでと違って、心底感心したのか、少女は物珍しげに此方の顔を万遍無く眺めた。  その眼に灯るのは無色の好奇心、なのだろうか? 何なんだろう、この世紀の悪女と年端無い童女が同居しているかのような奇妙な有り様は?  意外な二面性? 多重人格? いや、どれもしっくり来ない。   「良いわ。貴方に免じて暫くは動かないであげる。物語が始まるまでの退屈凌ぎは貴方でするから」  白羽逆刃は何か無い胸を張って、えばって言っている。  黒野喫茶は沈黙を持って。疑いの眼を持って無言の圧力を掛ける。 「……むぅ、心底信じてない顔ね?」 「……全くもって信用出来ないし、信頼など元から無いです」 「役者の選別は終わったし、後は舞台の開演までやる事が無いわ。――何故ならば、この物語は『総理大臣』が地球に落ちてくる『厄災』をどうするかで何もかも一変しちゃうんだもの」  彼女は若干拗ねたような口調で言い捨てる。   「さて、今日は此処でお開きにしましょうか。貴方が私を退屈させない限り付き合ってあげるわ」  いつの間にかパフェもココアも飲み終わったのか、白羽逆刃は既に帰宅準備を整えていた。  未だに迷っているが、尊大な言い方にかちんと来る。自分でも驚くほど反骨心が湧いてくるものだと客観的に思った。 「言うに事欠いてそれですか……全くもって傲慢な女性ですね、貴方は」 「ええ、私が私である限り傲慢なのは当然だもの」 「自信を持って言う言葉じゃありません!」  結局、今日の内はこれでお開きとなり――彼女との会話を『総理大臣』にどう報告したものか、亜門光と共に暫く頭を悩ませるのだった。
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