八話:奇跡廻り①

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八話:奇跡廻り①

「――以上が『奇跡廻り』の概要よ。質問はあるかな?」 「……その『奇跡』とやらは、死者蘇生も可能なのですか?」  半信半疑、と言った表情で赤錆ベガは問いかけ、白羽逆刃は飄々と答えた。 「それが真に『万能の奇跡』であるならば可能でしょうけど、あんまり期待しない方が良いかな。願いを叶える者の知り得る方程式でしか願望を成就出来なかったしねぇ」    ――本末転倒な話だった。その『万能の奇跡』が真価を発揮するには『全知全能』が必要だとは笑い話にもならない。  万能でないが故に人は届かぬ領域の奇跡を求めるというのに。まるで馬鹿らしい茶番だった。 「高望みしては何も成せないわ。貴女が憑霊させた悪霊は最強の部類だけど、燃費は最悪。例外無く主を魔力枯渇で破滅させる外れなの」  それは暗に奇跡廻りで勝ち抜く事は万が一にも在り得ない、と言われたようなものである。  確かに、賞品である『万能の奇跡』が当てにならないのならば、他の参加者との戦闘は極力避けた方が無難であろう。それに割く時間は残されていない。 「魂食いをして悪霊の魔力を補強しても、肉体に掛かる負担までは軽減出来ない。戦える回数は限られていると思って良い。その限られた状況下で、貴女は貴女の悲願を果たさなければならない」    限られた時間内で、目標を果たさなければならない。絶対的な方針として脳裏に刻まれる。  これらを説明される過程で生じた疑問を、白羽逆刃は思わず口に出した。   「どうして、私に協力してくれるのですか?」 「その質問に何か意味はあるのかな? 白羽逆刃、貴女の時間は限られていると言った筈よ? 無駄な質問に費やす時間はあるのかな?」    失点扱いであり、白羽逆羽から厳しい駄目出しをされる。  答えるつもりは元々無い。というよりも、自分はこれを知る必要が余りにも無い事に改めて気付かされる。  彼女の言っている言葉に間違いは無く、全てが正しい。その彼女の期待に答える為に質問を吟味し、舌に乗せる。 「……貴女は彼を殺した人を知ってますか?」 「知らないわ」 「そう、ですか。それじゃ――殺す」    赤錆ベガに取り憑いていた悪霊の巨大な腕が実体化し、破壊の渦を撒き散らす。  人間大の塊など一瞬でスクラップに出来る超越的な暴力の具現、全て彼女の忠告通り、時間を無駄にする事無く執り行われた最小限の殺害行為である。    ――背後からぱん、ぱん、ぱん、と、拍手が鳴り響いた。   「――あははっ! 良いね、赤錆ベガ! 貴女は想像以上に愉快だわ! そうね、自力で強い悪霊を引き当てたのだから主が狂っていない道理は何処にも無いよね!」  振り向いた先には彼女の姿は無く、ただ声だけが響き渡る。 「さようなら、貴女の復讐が完遂する事を心から祈っているわ」  そう言い残し、白羽逆刃何処かへ消え果てた。  けれども、彼女に割く時間は最早一秒足りても存在しない。  ――私は問い続け、答えを得る。  彼の無念を必ずや晴らす。私の復讐を絶対に遂げる。  さぁ、舞台は始まったばかりである。    ◆   「子供じゃないんだし、送り届けなくても良いと思いますが?」 「夜の九時過ぎまで付き合わせてしまったのはこの私だ。帰りの安全を保障するのは当然の義務だろう」    帰り道、黒野喫茶は亜門光と駄弁りながら帰り道を歩む。  遠くから正体不明の爆音が鳴り響いた。断続的に不定期な感覚で、だ。   「何ですか、この音は……!?」 「まずいな。近くで派手にやっている奴が居るらしい」  『能力者』か? それとも強い悪霊か。  緊張感が高まる。前者ならまだ何とかなるが、後者だと対処不能だ。幾ら能力者二人でも英霊の相手などしたくない。  ――撤退か、その場に駆けつけるか。  いや、後者は絶対に在り得ない。迂回してでも回避するべきだろう。  懸命な判断を下そうとした時、厄介事は向こうから文字通り飛んできた。  何かが馬鹿げた勢いで飛んできて、地面に落ちて転がる。  一瞬それが何なのか、理解できなかった。  それが人間大の何かであり、  黒野喫茶の制服の白い服を流血で真っ赤に染めており、  茶髪のツインテールの少女は血塗れで微動だにしていなかった。 「あれは!?」 「知り合いかい?」 「いや、そこまで知ってるわけじゃなですけど、私が生きてくれて良かったと泣いてくれた子だ」    即座に駆けつけ、息と脈拍、怪我の状況を確かめる。  息と脈拍はあったが、非常に弱々しい。白い制服が全身真っ赤に染まるぐらい流血しており、どう考えても生死を彷徨う一刻の猶予も無い事態だった。  かつん、と小さい靴音が鳴る。  黒野喫茶と亜門光は瞬時に能力のヴィジョンを出し、クラスメイトをこんな目に遭わせたであろう襲撃者の姿を眼に映した。  それは紫色のワンピースを来た同年代の少女――信じ難い事に、同じクラスの赤錆ベガだった。泣いてしまった眼の前の女の子を介抱していた大人しそうな女の子である。 「あぁ、貴方達は『能力者』ですよね? 後ろから変なのも出しているし。へぇ、黒野さんもそうだったんだぁ……」 (私達のヴィジョンが見えている……!?)  今の彼女の両瞳は真っ赤に輝いており、背後には正体不明の黒い影が絶えず蠢いてやがる。  あれが彼女に取り憑いている悪霊なのか!? 並の悪霊じゃない、間違い無く悪霊や怨霊の類だ。一体彼女は何を呼び寄せてしまったのだ……!?   「諫山龍二君を殺した相手、知りません? 私、探しているの」 「諫山龍二? ……誰の事ですか?」 「……二年前死んだ彼女等の同級生の名前が確かそれだったか。残念だが、詳しい死因までは解らない」  亜門光は緊張感を漂わせ、額から汗を流しながら語る。  迂闊に刺激するのは危険だが、会話が成立するならまだ交渉の余地がある。だが、問題は既に正気を逸している可能性があるという事だ。 「龍二君はね、私の目の前で殺されちゃったの。黒い鋼鉄の武者鎧を纏ったアイツに――」  虚空を睨みつけるようにすずかは空を見上げる。その眼はやはり錯覚では無いのか、滴る血のように赤く輝いている。  爛々と狂おしいばかりに輝いていながら、感情の色は一切無い。無機物のように暗く死んだ瞳は恐怖以外の何物でもなかった。  あんな虫も殺せぬ性格の少女が親友をボロ雑巾のような目に遭わせたなど誰が信じられようか。  正気では行えない、もしや悪霊に意識を乗っ取られた可能性があるのでは……? 「悪いが、知らない」 「そうですか、それじゃ――殺す」  その一言が合図となったのか、赤錆ベガの背後に待機していた黒い影が一斉に蠢き、地面のコンクリートを打ち砕きながらなのはの下へ殺到する。    能力のヴィジョンは自動的に防御を展開し、真正面から受け止め――2人は受け止め切れずにダンプカーに撥ねられたかの如く吹き飛ばされ、十数メートル彼方の電柱に激突し、脆くも倒壊させてしまった。  背中に走る激痛を堪えながら、黒野喫茶と亜門光は弱々しく立ち上がる。  黒い影は先程よりも大きく流動し、蠢いていた。その千の眼は全て震えて慄く自身の姿を克明に捉えていた。 「……魔力がね、全然足りないの。大悪霊が少し行動するだけで気が狂ってしまいそうなぐらい身体が痛いの。少ししかマシにならないけど、良いよね?」  赤錆ベガは仄かに笑う。正気の色などとうに失せていた。  黒い影が狂える獣の如く吼える。暴走列車となった影は進撃を開始した。  黒野喫茶は意識の無い少女を腕で抱き締め、黒野喫茶と亜門光は互いに自分のヴィジョンの脚力によって瞬時に左右に別れ――ほんの一瞬前までに黒い影は殺到し、何者の存在を許さぬ爆心地となる。  この一瞬で敵との戦力差は明確となった。この敵とは触れた瞬間に終わる。こんなのは戦闘とは到底呼べず、一方的な蹂躙に他ならない。  その判断は亜門光も同じだった。彼は即座に命令を下す。 「その女の子を連れて逃げろ黒野喫茶ッ! 此処は私が時間稼ぎをする!」 「な!? 馬鹿言うなっ! 相手がすごく強そうな悪霊てすよ!? 足止めすら無理です! それなら一緒に逃げた方がまだ生還率があります!」 「間違っているぞ、まともに逃走しても追い付かれて三人とも死亡するだけだろうね。私も一当てして逃げる。君は『総理大臣』の屋敷に逃げ込みたまえ。――その傷だ、処置を間違えれば死ぬ」  この腕に抱き上げた少女の鼓動は弱々しい。掌から感じる彼女の体温も妙に冷たく感じる。  彼女を背負ったまま戦闘を続行するのは無謀を通り越して自殺行為だ。それはつまり亜門光の足を引っ張っている事の証明でもある。 「生きていれば後で連絡する。行けッッ!」 「ッッ、絶対死なないでくださいよ!」  振り返らずに駆ける。屋根から屋根へと飛び移り、夜の街をひたすら跳躍する。  熟練の能力者である亜門光なら、赤錆ベガかを出し抜いて脱出する事が出来るに違いないと信じて――。
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