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転勤族
転勤族の家族は大変そうに見える。
ある程度子供が大きくなると、新居を構え、夫だけが単身赴任に行くケースも多いと聞く。
でも、ずっと子供がついて転勤する家族もあるようだ。
夫の太一の家は途中まではそうだったようだ。
ただ、太一の祖父が亡くなったタイミングで、太一の父の実家のある郡山に引っ越したのを最後に、太一の引っ越しは終わり、父親は単身赴任をしていたという。
元より、父親は、ダイナマイト技師だったので、家族で引っ越して現場近くに行っても、自宅に戻るほど現場が近くにはない。
工事現場を作るために遠くの現場に泊まり込むことが多かったそうなので、休みで家に帰ってくるのは一年でも数えるほどだったらしい。
それでも、小さい頃に学校が変わるような大きな引っ越しをした事がなかった妙子には大阪から郡山への引っ越しはさぞ大変だったろうと思うのだ。
まずは言葉の壁があっただろう。
夫は小学校5年生で郡山に引っ越したので、付き合い始めた頃は妙子の事を「自分はどう思うの?」
などと聞くので、『自分』が誰を指しているのかがわからず、困惑したことが多かった。紛らわしいからやめてほしいとお願いして、『自分』は消えた。
これは関西の名残だそうだ。
そもそも郡山に引っ越してからの方が長いのに、未だに『自分』がでてしまうのはどうかとも思った。
夫は元が大阪の方面だったので、いや、関西の人全員がそう言う性格とも言えないので、この言い方は不適切かも知れない。
夫は関西の血が流れているなと思えることが多かった。
夫の母は名古屋なので、そのあたりも関係あるのかもしれない。
義母はもともとカラッとした性格だったので、義母にとって、夫の実家のある郡山の言葉では、結構奥まった地域では、大層窮屈な思いをしたらしい。
言葉がわからないので、会話が続かない。いつまでも友達ができない。
女性がデニムを着ているというだけで後ろ指を指されたというのだから、結構閉鎖的な場所だったのだろうと想像できる。
夫はその差を楽しんで過ごしたようだが、大人には大変な事だったと想像できる。
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