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 結婚。  人生の墓場。  まだ骨を埋めようという気分にならない。  俺は誰も通らない路上で煙草に火をつけた。予備の1箱だってまだあるのに。  上司からは妻帯者の方が海外の取引先から信用されるとかなんとかで結婚をそれとなく急かされている。  友梨と俺の間に恋愛はないわけではなかったと思う。それなのに、気が重い。 (美晴とだったらこんな風には思わないんだろうか)  小さい頃から俺はずっと美晴が好きだった。  ちょっとアホだなと思うし、どうかなと思うところはある。  でも、それを超えて”見てて面白い”。  俺のような退屈な人間とは正反対で、そこが輝いて見えた。  “身長180cmで秀才のイケメンが良いの!”  美晴を諦めたのは理想の相手像が俺から程遠かったから。  いや、本当は諦めきれずに牛乳を飲んだり勉学に励んだりもした。成果が出ず駄目だったからちょっと荒れた時期もある。 (あ、猪塚のおばさんに連絡返さねぇと)  猪塚のおばさんはずっと俺が美晴を面倒見ると思っていたらしい。最近になってどうやらそうではないと気付いたおばさんは、せめて美晴を結婚させてやって欲しいと懇願して来た。  “でも、いつでも、今の彼女と別れたら美晴と付き合ってくれて良いのよ”  友梨と別れて美晴と付き合う、という選択肢が俺にあるのだろうか。 (いやいや、30も前になって誰が冒険なんかするかよ)  俺は煙草をポイ捨てしようとして、やめた。  そういうのはもうやめたんだった。
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