上中さん

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みんなは「上中さん」って知ってる?ああ、やっぱり知らないよね。 「上中さん」とは、この学校に伝わる七不思議の一つ。 「上中さん」にお願いすると、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるんだって。 だけどこのお願いは、「上中さん」のことを知らないとできないみたい。 私も、昔なにかで聞いたことはあるんだけれど……。 ……うん? あなたもその話を知っているの? あ、そう……。もしかして、あなたも誰かから聞いたのかな。 ああいや、気にしないで。昔話なんてそんなものだもの。 ……じゃあ続きね。 「上中さん」にお願いするときはね、夕日が差し込んだときに体育館倉庫に行くこと。そう。この学校には体育館が二つあるから、間違えないようにね。 それで、「上中さん」にお願いをするの。 ……え?「上中さん」に何をお願いするのかって? ……それは、秘密。願い事は人に言ったら叶わないって言うでしょ? あ、でも大丈夫。きっとあなたも「上中さん」に叶えてもらえるから! あとは、「お願い事を書いた紙」を持っていけさえすれば……。 ……うん?いや、私はまだ叶えてもらったことはないの。でもどうしてもある人に叶えてもらいたくてね。その思いが強くなればなるほど叶うんだって。本当だよ。私は自分の髪を捧げて短かった髪の毛を腰まで伸ばしてもらったんだもの。その人にとってはすっごく不公平だけどね! どうしたの?すごく怖い顔してるよ。ううん、別に気分を悪くしたとかじゃないんだけど。 ……まぁ、とにかく「上中さん」に叶えてもらいたいことがあるなら、体育館倉庫に行くことだよ。いい? ふふ、じゃあ精々がんばってね。いつかその人も私のところまで来させてあげるから。 ……おっと!そろそろ行かなくちゃ!私塾に行かなくちゃいけないからここらへんでお別れしなきゃね!あなたの名前は次かな~!!じゃあね!バイバイ!! 「上中さんかぁ」 俺は「体育館倉庫の 屋上を開けましょ。あ、空が見えるー」という女子の一世を風靡した歌を口ずさみながら、学校からの帰路についていた。 「上中さん」か……懐かしいなぁ。 昔、この歌が流行る前、この歌は「上中さん」という七不思議として噂されていたのだ。 「上中さん」にお願いすると、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるらしいのだが……。 当時俺はそんなこと信じていなかった。 だって、そんな非科学的なことあるはずがないだろう? ……でも、今は少し信じてもいいかもしれないと思っている。 なぜなら俺は、今「上中さん」に会いに行こうとしてるからである。 ……いや、別に会いたいわけではないんだ。 ただ、どうしても叶えたい願いがあるだけで。 「上中さん」に叶えてもらうのは気が引けるが、こればかりは俺の一世一代の大勝負なので、背に腹には変えられない。 聞いた話によると夕日が差し込んだときにこの学校の体育館倉庫に行かないといけないらしい。 俺は、その「上中さん」に叶えてもらいたい願いを胸に、学校へと急いだ。 「……あった。ここだ。」 現在の時刻は17時15分。ちょうど夕日が明るい時間帯だ。 あとは誰も校庭にはいないのに閉まったままの体育館の扉を開ければいいのだが……。俺はあまり人の通らないことと日当たりの悪いことに嫌気がさした。 いや、確かに人に見られないと言う面ではとてもいいところなのだろうが……。 「でも、この扉重すぎるだろ……。」 俺はそうぼやきながらもなんとか体育館の扉を開けた。 ……しかし、そこには「上中さん」らしき人物はいなかった。 「なんだよ、いないのかよ。」 俺は少しがっかりした。だが、すぐに気を取り直して「上中さん」を探すことにした。 ……しかし、いくら探しても「上中さん」は見つからない。というかそもそもこの学校は広すぎるのだ。 「上中さーん」 俺は名前を呼ぶ。……返事はない。 俺は少し考えた後、 「……上中さん。」 と、呼んでみた。 すると…… 「ふふふ」と、笑い声が聞こえてきたのだ。なんか気味が悪い。周辺を見るが誰もいない。ならなぜ笑い声が聞こえてくるのだ……? 「君の……そばに……いる……よ。ふふ」 途切れ途切れではあったが、それは確かに声が聞こえた。笑い声とともに。それも間違いなく俺のすぐそばで。俺は逃げようとしたのだが体がピクリとも動かずその場にとどまってしまう。 怖い。とてつもなく怖いのだ。 「あ……なたの……」 声はまた聞こえてきた。今度はもっとはっきりと。でも、その声はとても不気味で、俺はもう限界だった。 「あなたの願いを……受け取ったよ?」 その声が聞こえた瞬間、俺は意識を失った。最後に見た光景は、俺のすぐ横に立っている「上中さん」らしき人物の姿と、夕日に照らされた体育館倉庫だった。 「……ん?ここは……?」 俺が目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。どうやら俺は気絶していたらしいが……。 ……ん?俺はなんで気絶してたんだ? 確か「上中さん」に願い事を叶えてもらおうとしていて、それで……。 ……だめだ。そこから先が思い出せない。なにかとても怖い思いをしたような気がするのだが……。 「あら、起きたのね。」 そんなことを考えていると保健室の先生が俺が起きたことに気付き、声をかけてきた。 「もう下校時間を過ぎてるわよ?早く帰りなさい。親御さんも心配されるでしょうし……。」 先生はそう俺に言った。……ん?今何時だ?俺は時計を見るためにベッドから起き上がろうとしたのだが……体が動かない……?なんでだ?それになんか頭がぼーっとするし……。 「ああ、まだ無理しないほうがいいわ。あなた、近くの交差点で倒れていたんだからね」 「え……」 交差点?俺が?なんでだ?俺は確か……「上中さん」に会いに行って……。 「あの、先生……」 「ん?なにかしら?」 「……俺って、誰ですか?」 そう聞いた瞬間、先生は俺の方を驚いた様子で見てきた。そして少し考えた後、俺にこう告げたのだ。 「君の名前は『上中さん』よ。」と。 願いが……叶った……? 俺の願いはただ一つ。「上中さん」に俺の髪を代償として捧げ、腰まで髪を伸ばしてもらうことだった。 ……そうか!あの時俺は「上中さん」に会ったんだ!!願い事を叶えてくれたんだよ!!あの、「上中さん」が!! 俺が一人で喜んでいると保健室の先生は俺に一枚の写真を見せてこう言ったのだ。 「……ちなみにあなた、自分が誰なのかもわからなくなってるからね?」と。
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