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通せんぼ
吾輩は猫である。名前はまだない。
そんな吾輩は今、猫としての習性を試すため、駅の改札口で『通せんぼ』をしている。
具体的には、学生やサラリーマンが通りかかるたびに「通さんぞ!」と叫び、行く手を阻んでいる。
「通さんぞ!」
「通さんぞ!」
「通さんぞ!」
しかし、誰も吾輩をどかそうとはしない。それどころか、皆一様に冷たい目で吾輩を見ては、そのまま素通りしていく。
なぜだ! こんなにも熱心に通せんぼをしているのに、誰一人振り向きもしない。吾輩はこんなにも必死に『通せんぼ』しているというのに、誰も吾輩に構ってくれない。
「通さんぞ!」
「通さんぞ!」
寂しい……とても寂しい……
そのときであった。二人の学生が改札口を通り過ぎていった。その学生たちは、すれ違いざまにこう言ったのだ。
「この猫ちゃん可愛いね」
「そうだね! でも、この猫ちゃん通せんぼしてるよ?」
「本当だ! この猫ちゃん、通せんぼしてるけど全然じゃまでもないね」
その瞬間、吾輩は悟った。この人たちは、吾輩のことをからかって遊んでいるのだ。それなら通せんぼを続けるのは時間の無駄だ。
それよりも早く次の改札口で『通さんぞ』しよう!
その後、吾輩は来る日も来る日も改札口で『通さんぞ』をした。しかし、誰一人として吾輩のことを相手にしてくれず、むしろ皆一様に冷たい目で吾輩を見ては嘲笑するだけであった。
しかたないので改札機の上で寝ることにした。来る日も来る日も吾輩は改札機の上で寝ていた。心地よさはそこそこだった。
ある日、吾輩は駅のホームに立っている老人を見た。その老人は、手には新聞紙を持っていた。しかし、その新聞紙からはみでている部分はどう見ても『通さんぞ』であった。
吾輩は老人に教えてあげた。
「おじいさん! そんな新聞じゃあ通せんぼにならないよ!」
すると、老人は言った。
「なに!? そんなはずはなかろう! わしの新聞は絶対に人を通さんのだ!」
なるほど……それならば試してみようではないか! 数分後……吾輩はおじいさんの足元をすり抜けてみた。
楽勝だった。おじいさんの新聞はこれっぽっちも『通さんぞ』の使命を果たしていない。
「おじいさん、この新聞紙じゃあ、誰も『通さんぞ』にならないよ?」
「なに!? そんなはずはなかろう! わしの新聞は絶対に人を通さんのだ!」
なるほど……それならば試してみようではないか!
数分後……ふたたび吾輩はおじいさんの足元を通り抜けてみた。すると、おじいさんは血相を変えて言った。
「この新聞紙ではダメだ! わしは新しい新聞を買いに行く!」
その後、おじいさんはホームの階段を駆け下りて行った。吾輩はそんな老人を見て暇な人間がいるものだなと思った。
吾輩はこんなにも毎日忙しく『通せんぼ』をしているのに。
吾輩は今日も改札口で『通さんぞ』をしている。
「通さんぞ!」
「通さんぞ!」
しかし、誰一人として吾輩のことを相手にしてくれない。それどころか皆一様に冷たい目で吾輩を見ては嘲笑するだけであった。
そんなときであった。またあの学生たちが改札口を通り過ぎていった。その学生たちは吾輩を見てこう言ったのだ。
「この猫ちゃん可愛いね」
「そうだね! でも、この猫ちゃん通せんぼしてるよ?」
「ほんとだ。あー通れない通れない。大変だー」
「猫ちゃんがどいてくれないと大学にいけない。困ったなー」
吾輩は困っている学生たちを見てほくそ笑んだ。吾輩の『通せんぼ』はやはり有効ではないか。
学生たちは吾輩の背中をなでて改札口を通っていった。
吾輩は猫である。名前はまだない。
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