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邪眼の女
吾輩は猫である。名前はまだない。
そんな吾輩は今、猫としての人生最大のピンチに直面している。
「さぁ! ニャン太郎くん、私と一つになりましょう!」
「ふしゃーっ!!」
そのピンチとは……。
突如現れた蛇眼の女に捕まり、今まさに食べられようとしているのだ!! なんでこんなことになったのだろうか。確かあれは1時間前。
1時間前──吾輩はいつものように人間の家に侵入し、うまいネズミを探していた。そして窓から侵入し、獲りやすいように置いておいたスルメを食べるふりをして押入れから屋根裏に潜り込んだ。
少しかじっておくのは人間を安心させるためだ。やつらは吾輩が思い通りの行動をすると手を叩いて喜ぶのだ。
やつらは単純な生き物で、ちょっとおだてれば調子に乗り、吾輩の思い通りになる。今回の獲物もそうだった。ただの人間かと思ったが、吾輩を捕まえた時に発した「猫ちゃん捕まえた!」という甲高い声から察するに、どうやら雌の人間だったようだ。
屋根裏のネズミをあらかた食いつくし、腹ごなしに窓の方に戻ると女がいた。その女は吾輩を見ると目を輝かせた。そして吾輩がスルメを食べていないと分かるとがっかりした顔をした。
「スルメがいけないのはわかってるけど、ネズミはもっとだめよ?」
そう言って女は吾輩を床に下ろした。そして台所に駆けて行った。
その隙に吾輩は屋根裏に逃げようとした。しかし、それは叶わなかった。
「あら、ダメよ? まだおうちに帰してあげない」
「フシャーッ!」
女の手に握られたネズミ取りが吾輩の足をしっかりと挟んでいた。
* * *
* * そして今に至るというわけだ。
「さぁ、ニャン太郎くん!私と一つになりましょう!」
「ふしゃーっ!!」
嫌がる吾輩につきつけられたのは棒状の何かだった。先端からかぐわしい魚の香りがしている。
「う~ん。なかなか食いつかないわねぇ」
当たり前だ。誰が蛇になど食われるか!!
「そうだ!これならどうかしら?」
そう言うと女は棒の先に着いた液状の物体を吾輩の鼻先になすりつけた。不快さに思わず舐めとってしまう。
「あら、おいしいみたいね。もう一口どう?」
もう一口などいらぬ。吾輩はなんとか逃げ出そうと暴れるが、女の手に握られたネズミ取りはびくともしなかった。
「あ~、動いちゃだめよぉ~」
そして再び吾輩の鼻先に棒の先端が……。
ぺろっ……こ、これは!? ぺろり……ぺろり……ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ……
吾輩は謎の液体のとりこになってしまった。
「ふふっ。私の勝ちね」
気がつけば棒の先端を舐め尽くし、女の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしてくつろいでいた。邪眼の女は満足げに吾輩の腹をなでていた。
気づけばネズミ取りははずされていた。
吾輩は日々謎の液体にもてなされ、窓の外を眺める生活を送った。
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