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第1話 家出
最初はしとしとと、雨が降る中でのささいな出来事だった。
「真由美、ごめんちょっと皿を洗ってくれない?」
「あっ、はーい」
私は、ベッドで友達とLINEで返事を交わしていたほど暇だったので息抜きと思い、一階へと降りた。湿気ているのか、妙に階段が一歩降りるとぎしぎしと軋む。
「うわ、多い……」
シンクの中は大量の水と皿でごった返していた。多分昨日のお母さんの誕生日パーティーで使った皿と朝食で使った時の皿を洗わずに放置していたのだろう。
「その時その時に洗えばいいのに…まったく」
呆れながら私はスポンジに洗剤をつけ、皿にこびりついた油汚れを落としていく。台所の窓はカーテンで覆われているため外は見えないが、雨の音が相変わらずやかましい。その音にうんざりとしながら私は皿を洗っている。
(はぁ……。なんかこの音聞いてたら眠くなってきたな)
雨の音は子守唄代わりになると言うが、まさにその効果が現れたのか、私は少しうとうとし始めた。しかしその時。
「あ……」
皿の一枚が手から滑り落ち、ガシャンと床に叩きつけられる。その音で私ははっと目を覚ました。
「やばっ」
(割れてないよね?)
そんな不安を抱きながら、私は床を見る。しかし、割れた皿は当然のように粉々で、私は思いっきりため息をついた。
「真由美ー。今なにしたのー?」
キッチンの外からお母さんが私に呼びかけながら階段から降りてくる。
(やばい、降りてくる!!怒られる!! とりあえず隠さないと……)
私は慌てて皿の破片を拾い始めた。しかし、焦っているせいか、破片は上手く掴めない。
「ちょっと真由美? 何してるのー?」
お母さんが私の後ろに立つ。私はなんとか誤魔化そうと必死に言葉を探した。
「い、いや……。あの……その……」
「……」
心の中を掻きむしられるような激しい焦燥を感じ、心臓の音が高鳴る。その時だった。
「ねぇ、これはどういうこと?ねぇ!!」
今のお母さんの顔は不満が怒りになって現れていた。怒りもあらわに強力に大きな声が部屋中に響き渡る。
「え、いや……だからその……」
お母さんは床の皿の破片を指を指しながらヒステリックに叫んだ。私は慌てて破片を片付けようとしたが、上手くいかずお母さんの怒りが更にヒートアップする。形相に、私はただ俯いて黙り込むしかなかった。
「なんで皿を割ったの?ねぇ!!」
「えっと……その……」
私はもはや完全にパニックになり、脳が止まってしまっていた。お母さんはそんな私の様子を察してさらに怒りを増幅させていく。
「ねぇ!黙ってないでなんとか言ったらどうなの!!このろくでなし!!」
私がなんとか言い訳を考えていると、お母さんは突如私を殴りつけた。何度も何度も容赦なく私の体を拳で叩きつける。激しい痛みに思わず体がよろめいた。
「ねぇ、なんとか言いなさいよ!!」
お母さんは胸ぐらを掴みながら私にそう怒鳴りつけた。その勢いに私は思わず一歩後退りしそうになるが、お母さんはそんな私を逃さないとばかりに私の体を壁に押し付ける。
「やっぱり、あなたは失敗作だったのね」
……失敗作?
「あなたみたいな子、産むんじゃなかった」
……え?
「もう出て行って。この出来損ないが」
私は呆然としながら、お母さんの怒りに染まった顔をただ見つめていた。そしてそのまま、私は家を追い出されたのだった。
それから私は行く当てもなく、ふらふらと街を歩いていた。雨は依然として降り続いており、私の体を濡らしていく。
(なんであんなことしたんだろ……)
私は自分の行動の愚かさに絶望していた。皿を割ったことだけではない。お母さんに何も言い返せなかった自分が情けなくて、そしてそんな自分が悔しくて仕方がなかったのだ。
私は雨に打たれながらとぼとぼと歩く。しかし、その足はやがて止まった。
(あれ?)
ふと前を見ると、私の目の前に大きな川があったのだ。
「そっか……」
私の中に諦めの感情が湧き上がってくる。もうどうでもよかったのだ。このまま私はここで死んでしまおうか……そう思った時だった。
「……ん?」
突然足になにかぬるっとしたものを感じる。雨に濡れ、川の水がいつの間にか私の足元に流れ込んできていたのだ。
「やばい……」
私は慌てて逃げる。しかし何か触手のようなものが足に絡まっていく。
「や、やばい!!離して!!」
私はそのぬるぬるとした感触にぞっとする。見るが暗闇のため、なにが絡みついてきているのか全く分からない。
「やだ!!死にたくない!!」
私は必死に足を動かすが、その何かは執拗に私の足に絡みついてくる。やがて腰から下を完全に覆われてしまった。
「やだっ……やめてぇ!」
引き剥がそうとするが力が強すぎて剥がれない。それどころかますます動きが激しくなっていく。
「やだっ!!ゴブッ!!」
口から大量の川の水が侵入してくる。もうすでに胸まで水に浸かっていた。
「ゴボッ……」
もうまともに呼吸ができない。目の前が段々とかすんでいく。
(私……死ぬんだ……)
私の意識はそこで途絶えた。
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