虫けらたちのララバイ

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 コンビニの棚から箱を手に取りポケットに入れた時だった。 「ポケットの中の物、慎重に出して一緒にレジに行くわよ」  背後から押し殺したような声がした。振り向くと花屋の彼女だった。そんな風に言われても財布には小銭しか入っていない。ポケットの品物は買えない。 「ごめんなさい、お金持ってないです」 「さっき、ポケットに入れたのを店員さんが見てた。そのまま外に出れば捕まるわよ。いま接客してるから出して、早く」    僕が躊躇っていたのは、金がないこと以外にも理由がある。でも彼女は僕のポケットに手を突っ込んで箱を取り出してしまった。その箱を手に、僕の腕を強引に引っ張ってレジに急ぐ。 「これください」とカウンターにバンと箱を置いて、初めてそれがコンドームであることに気が付いたようだ。 「2580円です」 「ヴッ、高いわね、高級なんだ」  ゴニョゴニョと口籠りながらスマホで決済し、僕にその箱を乱暴に手渡す。  店を出ると「ちょっと恥ずかしかった」そう言って顔を赤らめた。 「すいません。別に欲しかったわけじゃないんです」 「どういうこと?」 「なんとなく・・・」 「病気なの?」 「たぶん・・・」  生活のためとか貧乏なのでとか大袈裟な理由をつけたくなかった。万引きを見られたのは事実だけど、自分を晒して同情されたくなかった。 「それ治そ、病気だったら治そう」  彼女は風邪でも治すかのように軽く言った。まるで特効薬があるから大丈夫だよと言われてる気がした。近くの公園のベンチで、助けてもらった義理もあったので家庭環境とか家族構成とか聞かれ、大まかなことは正直に答えた。 「まず働こうか、働いて汗かいて余計な事、みんな流しちゃおう」    そんな簡単にできるかよ、と反発したくなったが黙っていた。 「僕なんか雇ってくれるとこなんてないですよ。高校も中退だし、非行歴もあるし喧嘩っ早いから何処いってもダメですって」 「なんで諦めちゃうのかなぁ、若いのに勿体ないよ、いくらでもやり直せるよ」  そう言いながら、ポケットからのど飴を出した。声楽やってるから喉には気を使ってるの、と僕にも一つ手渡しながら自分の口に放り込んだ。 「ちょっと心当たりがあるから、連絡先交換してもらってもいい?あっ、私は高井戸小絵(タカイド サエ)、商店街の『LULU』って花屋の娘。あそこには住んでないけど、時々手伝ってるから」 「名護悟(ナゴ サトル)、17になったばかりです」 「うわぁ若いね、七つも下じゃん、いいねいいね」  やはり僕のことは忘れていた。少しがっかりしたけど連絡先を交換できることに、心の中でガッツポーズした。自分が意外と前のめりになってることに驚いた。交換した連絡先の名前は、漢字を教わって”小絵さん”とした。  翌日には、引っ越し業者のアルバイトがあると連絡してきた。身体はキツイけど、黙々と荷物を運ぶだけでいいからとやや強引に了承させられた。  指定された事務所に行くと、すぐに作業着に着替えさせられトラックに乗せられる。あれこれ指示されることをこなすだけで、あっという間に一日目が終わってしまった。体力には自信があったが、黙々と運ぶには重すぎる荷物の山である。二日目には腰が音を上げた。  寡黙だが、大きな家具の運び方など親切に教えてくれる先輩が腰のサポートベルトをくれた。古いから壊れたら捨てていいからといわれ、気遣いに感謝した。それを付けると幾らか楽になる。でも鈍った体は3日もしないうちにガタがきた。パンパンになった腕はシップくらいでは治らない。どうにか誤魔化しながら一週間がんばった。   「これ7日分の給料、よく頑張ったな」  社長が差し出した薄茶の封筒を見て固まってしまった。生まれて初めての給料である。チンピラに紛れてカツあげした金とはわけが違う。 「人手が足りなくて困ってたんだ。ありがとな、良かったら続けてくれないか、うちも助かる」  思わず傍にいた先輩の顔を見ると、小さく頷いた気がして封筒を受け取りながら「やります」と返事をしていた。  小絵さんの言うことに嘘はなかった。やり直せるのならやり直したい。それは自分のためではなく、出来ると信じてくれた人に証明したくて、、、褒められたこともなく感謝もされたこともないけど、やれるよって言ってくれた人に応えたくて、、、僕は頑張ったんだ。
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