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美味しいうちに食べたい
ローカルウェブマガジンのグルメライターのアルバイトを始めた僕の彼女が「駅前にラーメンの新店ができたから行きたい」と言うので連れてこられたのがこのラーメン店【カラフル】。オープン前から並んでいたであろうお客さんたちを見ていると女性が多いことに気付く。まぁ店の名前がカラフルだもんな…。なんかメニューもヘルシー系?白湯スープがベースなのだそうだ。
行列に並んでいる間、彼女はカラフルのホームページを見て、予習のようなことをしている。
「この『野菜カラフル盛り盛りラーメン』って言うのが一番人気なんだって!」
「一番人気っていうかまだオープンしたばかりだから店側が売りたい商品でしょ?」
「まぁそう言うことだねー。」
1ヵ月ほど前に同じゼミの女の子から告白されて、今まで彼女なんていたことなかった僕が、告白されたということに舞い上がってしまって、「僕で良ければ…」と付き合うことにしたけど、彼女とは食の好みも趣味も価値観も違いすぎて全然話が噛み合わなくて、早くも彼女とのお付き合いに疲れていた。初めてできた彼女だから大切にしたいし、彼女に対して格好つけたい気持ちがあるので、彼女の希望は極力叶えたいと思って背伸びしているのも良くないのかも…。
並ぶこと2時間弱。ようやく入店して彼女は店内の様子やメニューを撮影し始める。
「店員さんに写真撮影して良いか聞かないの?」
「そもそも【映え】を売りにしてる店なんだから撮影許可要らなくない?」
「でもそれはラーメンを撮影して良いのであって、店内は他のお客さんもいるから聞くべきだったと思うんだけど…。」
「もう撮り終わったし良いじゃん!翔くんって本当堅いよねー。マジメくん!」
最近僕のことをよくマジメくんって言って少し馬鹿にしてくるようなところも彼女との付き合いに疲れてきている原因の1つだ。店内を撮影して良いか確認するのは常識じゃないのかな?
彼女は例の『野菜カラフル盛り盛りラーメン』を注文、僕は至って普通そうな『あっさりヘルシーラーメン』を注文した。
運ばれてきたラーメンを見て器の小ささにビックリした。器が小さいからこの山盛り野菜がインパクト強く見えるのか。豆苗にコーン、ミニトマト、細切りの大根や人参、かぼちゃなどが盛り付けられ、中華風タマネギドレッシングがかかっていた。確かに山盛りでカラフルではある。
僕の注文したラーメンにはチャーシューではなく大豆ミートのスライスと豆苗とコーンが添えられていた。早速食べようとすると彼女に制されてしまった。
「【映え】を意識してる店なんだから翔くんも写真撮ろうよー。」
「いや、僕は写真は…。」
「そうなの?じゃあ私が翔くんのラーメンも写真撮るから食べずに少し待っててね。」
彼女は背景に余計なものが写り込まないように白い厚紙のようなものを鞄から出してラーメンの後ろに置いていろんな角度から写真を撮り始めた。店内照明のせいで影が入ってしまうらしく、何度も写真を撮り直している。あぁ…ラーメンのびちゃうな。
「グルメライターとして頑張っていい記事を書こうとしているのは分かるんだけど、グルメライターなら美味しいものを美味しいうちに食べないと、そもそもいい記事にならないんじゃない?」と喉元まで出掛けた言葉を飲み込む。きっと僕がこう言うと彼女はここで機嫌が悪くなって、雰囲気を悪くしてしまうだろう。僕は彼女の気が済むまで待った。
ようやく彼女が写真撮影を終えて、「いただきます」と箸をつけたときにはラーメンが運ばれてきてから5分以上は経っていた。しかも彼女のラーメンは山盛りの野菜から食べないと野菜がテーブルに雪崩を起こしてしまう。
「んー。翔くんもちょっと野菜取って食べてくれない?野菜の取り皿が欲しいよねー。店員さん、すみませーん!取り皿いただけますー?取り皿のこと記事に書いとこうっと。」
彼女は相変わらず記事のためにスマホにメモを取り続けて箸が進まないので僕がほとんど野菜を食べてしまった。そしてようやく彼女がスマホを置き、ラーメンを食べ始めた頃にはすっかりスープも冷めて、ラーメンものびまくっていた。
退店後に放たれた彼女の言葉に、僕は彼女との別れを決意する。
「んー。【映え】に意識が行き過ぎて味はあんまりだったかなー。2時間くらい並んだのに残念だったよねー。」
「そりゃ、あれだけ冷めてのびたラーメンはどんな有名店のものだろうと美味しくないと思う。僕のきみへの気持ちも冷めてしまったからきみとはもう付き合えない。」
「私もさー、翔くんのこと勘違いしてたって言うかー、付き合ってみてちょっと違うなって思ってたんだー。それじゃ、これからはまた今まで通りゼミ仲間ってことでよろしくねー。」
呆気ない終わり方だった。
次にお付き合いする相手とは美味しいものは美味しいうちに食べたい。
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