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 マヒワが廻国修行に出発する十二年前のこと――  五歳になったマヒワは久しぶりに父イカルと一緒に遊んでいた。  当時イカルは王都守護庁の長官を務めていた。  王都守護庁は、その名の通り王都の治安を守るだけでなく、王都が外敵から攻撃を受けた際には、王に代わり禁軍を統括し指揮する権限も与えられていた。  王都守護庁の長官にもなると、その私邸の敷地はかなりの広さであった。  庭園は、王都の三方を取り囲む山稜のうち、東の稜線を借景に、近くを流れる川を引き込んで小さな滝を落としていた。  庭全体が見渡せるよう、庭の中央部は丘になっており、その頂きにあずまやが設けられていた。  マヒワとイカルはそのあずまやへの小径を手つないで歩いていた。  マヒワは早朝に母と馬で遠乗りをして、両手を離して馬を操れるようになったことや弓矢で兎を狩ったことを自慢げに話した。 「――その兎は、今晩の料理に出てくるのかい。そりゃ、楽しみだ。お腹がもうすいてきたよ」  イカルの王都を護るときの鬼の顔はどこへやら。イカルは、五歳になる娘のマヒワが可愛くて仕方がない。目尻がだらしなく下がったこの顔を、部下が見たら何と思うであろう。  長官であるイカルは、このような親子水入らずのときでも、腰帯に(つるぎ)を差していた。  剣の柄の握りには大きな(あか)い宝石がはめられて、陽の光を反射して輝いていた。  四十歳を過ぎたばかりの引き締まった身体に、刀身の長い、諸刃の剣がよくなじんでいる。  父と手をつないで歩くマヒワは、父が動く度に紅い宝石から放たれる光が気になるのか、何度も剣の柄の部分に鼻先を近づけていた。
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