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 ――あの日、マヒワは五歳で、父イカルとあずまやで遊ぼうと約束してから、十日が過ぎていた。  その後、イカルは二日か三日おきに帰ってくるものの、いつもマヒワが寝たあとに帰ってきて、起きる前に出かけている。  マヒワはイカルと遊べないどころか、姿を見ることさえ久しく無かった。  それでも、母のルリと馬で遠乗りしたときなどは、イカルに食べてもらおうと思って、がんばって狩りをしたものだ。  夜空に月はなく、物を照らすのは、部屋の灯りだけだった。  風を通すために半分開けた窓の外では、秋の虫が鳴き始めていた。  窓から入ってくる風は雨のにおいがした。  マヒワは寝台に横になっても、湧き出てくる不満が口にあふれ出て、なかなか寝付けそうになかった。  そのようなマヒワに、母は辛抱強く相づちを打って、なだめていた。 「……お父さまは、近頃お忙しいから、会えなくて残念ね」 「近頃って、長いこと全然会ってない。これじゃあ、お父さん、いないのと同じ」 「そうね」 「今日だって、せっかく捕まえた子鹿を食べてもらおうと思ってたのに、帰ってこないし」 「子鹿のお料理、おいしかったね。お父さまのお仕事場にも持って行ってもらったから、きっとおいしいおいしいって言って、食べてくださってるわよ」 「それじゃ、いやなのっ! 一緒に食べて、ほーしーいー、のッ!」 「わがまま言わないの。お父さまだって、マヒワと一緒に食べたいのを我慢なさっているのよ」  そういって母は娘の頭をなでる。 「今日もお出かけになるとき、おおきなため息をついて仕事に行かれたのだから」 「はあぁー、って?」 「そう、はあぁー、って」  ため息をつく父の姿を想像して、娘はおかしそうに笑った。
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