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その日、マヒワは窓際の机に頬杖を突いて座り、母の形見である黄金の獅子の帯鉤を眺めては、瞼を腫らした。
帯鉤には獅子の紋様が模ってあった。
母のルリは、北方の騎馬民族から王妃となるべく羅秦国に輿入れしてきた部族長の姫君に随行してきた。
獅子の紋様を模った黄金の帯鉤は、母が十五歳で成人と認められた日に、父親から贈られたものだ、と聞いていた。
マヒワは母の姿を思い出し、今日もまた帯鉤を涙で濡らした。
「――おーい! 逃げたぞーッ!」
「裏だ! 裏に廻れー!」
「最近、気が立ってるから、気をつけろよーっ!」
使用人たちの騒ぐ声が窓から聞こえてきた。
続いて、木戸の壊れるような音がした。
何者かが裏庭に入るための木戸を蹴破りでもしたらしい。
それに続く、蹄の音。
そして、いななき。
「あっ!」
マヒワの背筋がぞくりとした。
勢いよく立ち上がると、部屋を飛び出した。
廊下を駆け抜け、裏庭へ転げるように入り込み、ただ走った。
――いた!
黒鹿毛のとても若い馬。
「テン! テン!」
それはマヒワの愛馬だった。
馬の方も、マヒワの声に気づくと、大きく竿立ちになったが、それっきり暴れるのをやめた。
首を上下に振って、マヒワを呼ぶように、いなないた。
「ごめんね、テン! ごめんね」
マヒワが首に抱きつくと、抱きつかれるがままにしている。
耳が振られ、尻尾が振られ、喜んでいるようでいて、息づかいは不満げだった。
「ごめんね。いままで放っておいて……。怒ってるよね」
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