十三

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 スイリンは木箱の向こう側に扉があるとみて、回り込む。  その視線の先に、靴のようなものが見えた。  気づかれないように、息を潜ませて近づく。  その靴は動いていない。  スイリンの胸騒ぎが高まる。  呼吸を落ち着かせようとするが、思うように息ができない。  さらに近づいた。  ひとがからだをくの字に曲げて、横たわっている。  ――だめ! いやだ!  われ知らず、首を振る。  ここまで近づけば、倒れているひとが女性であることはわかる。  街のなかでも目立たないような、地味な服装がひどく汚れている。  ――わたしは、この服装を知っている。  顔は薄暗いのでよくわからないので、傍らに膝をついた。  ――そんなはずないわよね。  張り付いた髪をそっとなでると、煤で汚れた顔が見えた。  スイリンの顔が涙をこらえてゆがむ。 「お、お嬢様!」  その顔は、見間違えようのない、マヒワであった。  マヒワのからだは硬直していなかったが、とても冷たかった。  スイリンは、マヒワの顔を仰向かせて、膝の上に載せた。  マヒワの顔の輪郭を指でなぞって、髪をなでる。  下を向くスイリンからつぎつぎと涙がこぼれ落ちて、マヒワの顔を濡らしていく。  スイリンは、指先でマヒワの顔の汚れを拭った。  汚れが落ちると、マヒワのきめの細かい肌が現れた。  涙で濡れた親指でマヒワの瞼をなでて、汚れを取っていく。  ――!  親指の下で、眼球が動いたような気がした。  マヒワの顔を両手で挟んで、必死に呼びかけた。 「お、おじょうさま。お嬢さま! お嬢様!」  マヒワの唇がゆがんだ。  手の指が微かに動いた。
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