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 マガンは軍を元帥まで登り詰めて退役したので、国民から親しみを込めて「元帥さん」と呼ばれている。  また、マガンは御光流(みひかりりゅう)剣術の宗家でもあった。  御光流は、羅秦国内の剣術としては最大の流派で、屋敷の敷地内にある修練場で稽古に励む門弟は、常時百人を超えていた。  弟子には、屋敷内に部屋をもらって住んでいる内弟子と、外から通ってくる弟子たちがいた。  その多くが軍や治安維持に関わりのある者たちであったが、商売人や近在の農民たちも混じっていた。  マガンが庶民からの人気の高い理由は、このような分け隔ての無いところにもあった。  マヒワが馬たちと遠乗りするようになって、ひと月が経った。  ようやくマヒワが笑顔を見せるようになり、屋敷の者たちとも冗談をいうようになった。  今日もマヒワは遠乗りから帰ってくると、いつものとおり、馬たちの汗を拭いたり、飼い葉をやったりしていたが、世話の途中で、馬たちが何かに気を取られるような素振りを何度も見せた。  修練場の方がいつもより騒がしいのだ。  物の打ち合う音や、気合いというよりも吠えているような声が聞こえる。  実は、マヒワも気になっていた。  馬たちを落ち着かせて厩舎に入れると、普段は近づかない修練場の方に足を向けた。  ――ここは、知らない人たちがたくさん出入りするし、「気合い」という変な声がするし、汗くさいし……。  つい最近まで殻のなかに閉じこもっていたマヒワにとって、修練場という場所は、近くて遠い場所であった。  マヒワは、井戸端に転がっていた桶をあつめて二段に積み上げると、格子窓からなかを覗いた。
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