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 間を空けず、つぎの弟子が対峙する。  その弟子は、マヒワが入門するきっかけとなった、百人抜き経験者のノッジョだった。  マヒワが鍛錬素振りに飽きたときに、父の修行時代の思い出を語ってくれた、あの兄弟子である。  つまり、ノッジョは弟子たちの頂点に立つ剣士であった。  その剣士を前に、マヒワは相変わらずゆらゆらと立っているだけのように見えた。  マヒワの表情からは、いかなる感情も読みとれない。  それどころか、目の焦点が合っているかどうかも怪しい。  しかし、練達の剣士にとっては、とてもやっかいな相手となっていた。  ――無我の境地。  このような場所があるなら、マヒワはいまそこにいる。  お互いが剣をからだの脇に垂らしたまま、無構えで相対している。  しかし、場内の空気は今にも張り裂けんばかりであった。  見ている弟子たちの肌に鳥肌がたっている。  緊張で呼吸することも忘れているかのようであった。  マヒワの前に立つノッジョからも汗が噴き出していた。 「――あれは、人間を相手にしていなかったよ」  マヒワが百人抜きの試錬を終えた直後に、ノッジョが仲間に語った言葉である。  マヒワの百人抜きは、正確には百人を倒すまでもなく終わった。  現役剣士最高位の彼が、突然膝を折り、マヒワを『剣聖』と認めたからである。  つられて周りの弟子たちも一斉に跪き、マヒワを称えた。 「ここに剣聖があらわれたことを我々も認めます!」  弟子たちの唱和に応えるかのように、マガンが深く頷いた。  剣術界に歴代最年少の『剣聖』が現れた瞬間であった。
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