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 マヒワも鼻を近づけ挨拶をして、耳の後ろを掻いてやった。 「無事でよかったね」  マヒワは母子に微笑んだ。  それに気づいた母狼がマヒワを見て、何度も頭を下げる仕草をした。  マヒワも頭を下げる。  ――狼だってちゃんとお礼を言えるのに、ニンゲンって、ほんとにだらしない。  先ほどの男たちは、狼の脅威から救ってもらったにもかかわらず、誰ひとりとして、マヒワに礼を述べなかった。  そのことにも腹が立った。  やがて、母狼は二匹の子どもを引き連れて、雑木林の奥に消えていった。  狼たちの姿が見えなくなったところで、お金持ちの脱ぎ捨てた外套を拾い上げ、マヒワも帰ることにした。  が――、テンを探しても、そこら辺に見当たらない。  しかたなく歩いて牧場の中程まで戻ったところで、ゴマ粒くらいの大きさに離れたテンを見つけた。 「こらーっ! 逃げすぎーッ!」  マヒワが胸いっぱいに息を吸って大声で叫ぶと、遠くでテンがびくりと頭をもたげ、慌てて馳せてきた。  マヒワから「ごはん抜き!」とまでいわれて、テンが名誉挽回を図ったのだろうか、その日はいつもより早く家に着いた。    〇〇〇  屋敷に戻ったマヒワは、居間の扉の前に立った。  居間からは、マガンとバンが何やら話し込んでいる声がした。  マヒワは、牧場で商人に脱がせた外套を小脇に抱えると、扉を叩いた。  マガンの返事を待って、扉を少し開けた。  バンはマヒワの帰ってきたことに気づくと、話すのを止めて、脇に控えていた。  マヒワは、マガンの前まで進み、ひとつ大きく息を吸うと、頭を下げて、「父上、廻国修行に出たく思います」と言った。
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