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 当時は屋敷にいたので、からだも下着も普段の生活をしていれば汚れたままということはなかったから、「おかしなことを……」程度にしか聞いていなかった。  しかし、廻国修行をするようになって野宿が重なると、「清潔でいることは心懸けないとできたもんじゃない」と痛感した。  ――きれいになるのを後回しにしてはだめ。  思い立ったら、じっとしていられないのがマヒワの性だった。  宿屋の二階の部屋に戻るやいなや、湯殿に行く支度を始めた。  からだを洗うといえば、たいてい井戸端でからだを拭くのが普通だった。  比較的大きな街の宿屋でも、一階にある食堂に隣接した一画に衝立をして、浴槽にお湯をはって入ることが多いのに、なんと、この村では温泉が出るので、別棟に大きな湯殿があった。  マヒワは鼻歌交じりに、手荷物を整理し、部屋着に着替え、手拭いなどを小脇に抱えて部屋を出ようとした。  ――?  隣の部屋で何やら呻くような声がする。  バンの部屋は、そのさらに隣の部屋になる。  マヒワの部屋とバンの部屋に挟まれた部屋から声がしているのだ。  つまり、この声の主はバンではない。  マヒワは声のする方の部屋の壁に聞き耳を立てた。  呻き声は、嗚咽をこらえて、くぐもったような声にも聞こえる。  マヒワは足音を忍ばせて、廊下に出ると、バンの部屋まで移動した。  扉を叩くと、バンが顔を見せた。 「おじさん」  とマヒワは指で隣の部屋を指した。  バンが頷く。  とうに気づいていたようだ。 「お嬢は、湯にいっておくんなさい。あっしが、もうしばらく様子をみておきやす」
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