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「じゃぁ、お言葉に甘えて、お先につかってきまぁーす」  マヒワは剣聖とは思えぬほど、ぱたぱたとうれしげな足音をさせて、一階に下りていった。  バンは、様子を見るといったものの、ただ部屋の真ん中に座っているだけで、十分に隣の声を聴くことができた。  先ほどまでの呻くような声は収まって、いま聞こえてくるのは、はっきりとした話ことばだった。  とはいえ、声の主は話の合間に涙ぐんでいる。 「――ようやく奴に遇えました。これは、きっと、師匠のお導きですよね」  鼻をすする音。 「これで……、いいんですよね……」  思い悩んでいるのか、部屋の中を歩き回る音がする。 「――師匠、見守っててください。――俺はやり遂げてみせます」  一応の結論は出たらしい。 「――待っていろよ、クズどもめ! 師匠のご無念を思い知るがいい!」  ただ、内容は、たいそう物騒だ。  そうこうするうちに、マヒワが湯浴みから部屋に戻ってきたようで、マヒワの部屋の扉が閉まると、隣の部屋は急に静かになった。  部屋からいなくなったのではなく、椅子か寝台に腰かけて、じっとしているようだった。  バンは静かに部屋から出て、マヒワの部屋の扉を叩くと、マヒワが濡れた髪を手ぬぐいで拭きながら、顔を見せた。  バンがマヒワに目配せして、外に出るよう促す。  頷いたマヒワはいちど扉を閉めた。  バンは一足先に、宿屋の庭先に向かった。  ほどなくして、部屋着に肩掛け姿のマヒワが現れた。  普段とは違って、髪を束ねておらず、流したままだ。 「お嬢さまが湯に行ってらっしゃる間に、あの野郎のつぶやいていたことを端的にまとめやすとね」
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