16/26
前へ
/220ページ
次へ
   〇〇〇  長元坊が修練している拳術を『雷拳(らいけん)』という。  雷拳とは、羅秦国の南西部に伝わる拳術で、農民たちが野盗などから身を守るために編み出した拳術だという。  鎌などの武器も遣うが、素手の技が基本だ。  孤児であった長元坊は、寺院で育てられた。  月に二度ほど寺院に訪れる人物がいて、滞在すれば寺院をはじめ近隣在所の者に拳術を教えた。  その人物が雷拳の宗家で、定まった修練場を持たず、国中を巡っては、地元で暮らしている弟子たちに指導していたらしい。  長元坊も稽古に参加するようになり、正式に師弟関係を結ぶと、やがて師匠の身の回りの世話をするようになった。  何かと細かいところまで気の利く長元坊を師匠は可愛がり、指導の旅にも連れて行くようになった。  二年前、師匠が剣士に仕合を挑まれ、殺されたのだという。  仕合の当日、長元坊を巻き込みたくなかった師匠は、長元坊に用事を頼んで自分から遠ざけ、単身で仕合の場に臨んでいったらしい。 「一対一の仕合では、師匠が勝ったんです。翌日、その地を離れようとした師匠を、仕合に負けた相手が仲間を呼んできて、複数人で斬り殺したのです」  用事から帰った長元坊が師匠の帰りを待つが、いつまで待っても帰ってこなかった。  つぎの日、在所の弟子たちにも声をかけ、総出で周辺を捜しまわった。  足取りが途絶えた地点から探索の範囲を広げていき、峠付近の野原で(むくろ)となった師匠を発見した。  からだに残された斬り口から、三人以上を相手にしていた可能性が高いと判断された。  当時その付近では、徒党を組んで旅をしていた剣士の集団が目撃されていた。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加