22/26
前へ
/220ページ
次へ
 マヒワがようやく状況を理解すると、バンを手招きして呼んだ。  バンがマヒワのところに来て、隣に立つと、同じように目を丸くした。 「へえぇ! 人間ってこんなこともできるんで」  二人の目の前に立っているのは、長元坊だった。  しかも、ただ立っているのではなく、両手の親指と人差し指を地面に突き立て、逆立ちをしているのだ。  筋力を鍛えるだけでは決して為し得ない、想像を絶する鍛錬と集中力のなせる技だ。  ようは、集中しすぎて、マヒワとバンがすでに到着していることに気づいていないのである。  マヒワたちはしばらく立って見ていたが、いつまで経っても終わりそうにない。  仕方なく、マヒワは長元坊のほうに近づいていった。  長元坊には、まだ気づいた様子がない。  ――いまだったら、簡単に倒せるわね。  ここまで集中するのは立派だが、練習とはいえ仕合に挑む武術家として如何なものかと思った。  マヒワはしゃがんで、長元坊の顔をのぞき込む。  長元坊の顔は紅く充血し、目はどこか遠いところに行っているようだった。 「おーい。だいじょうぶですかーっ!」  ――それにしても、部屋ではぶつくさ独り言でうるさいし、いまは奇妙な逆立ちで、どこか別の世界に行っているし、この長元坊という生き物はいちにちの大半を別世界で生きてるんじゃない?  マヒワは、いつもの悪い癖で、つい、いじりたくなってきた。  ――ふ、ふ、ふっ。ひとを待たせる、おぬしが悪い!  とマヒワは右手の人差し指を立てると、長元坊のヘソをえぐるように突いた。  当然ながら、長元坊のからだは棒状に倒れ、背中を嫌というほど打った。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加