6/7
前へ
/220ページ
次へ
 バンは小指の先に味噌をすくいとると、舌にのせた。  すぐにちびりと酒を含む。  バンは、五臓六腑にしみわたる、お手本のような表情をした。 「のんべえさん、ごきげんさん」  その顔を見たマヒワがうれしそうに言う。  もはやバンは、何を言われようと気にしていない。  この至福の時をこころゆくまで満喫するだけだ。  マヒワは呑まないので、半熟のゆで玉子と青菜をのせた麺を啜っていた。  麺を食べ終わって、お椀の中が汁だけになった。  その汁を行儀悪く箸でかき混ぜながら、双極流に他流仕合を申し込んだことをマヒワがしゃべった。  バンは酒で頬を染めて、「ふふーん」とのんきに聞いていたが、ことの重大性に思い至ると、一転して顔つきが変わった。 「おじさん、おもしろーい」 「お嬢! 茶化して誤魔化しちゃいけねぇ! どれだけあぶねぇのか、わかってんのですかい!」  とバンは唾を大いに飛ばして説得をはじめた。  バンの唾がマヒワの顔に向かっていっぱい飛んだ。  マヒワは顔を背け、激しく飛来する唾を両手で庇った。  手のひらが「おじさん」の唾で濡れるのを感じた。  これは想定外の展開だ。  マヒワはおそるおそる手のにおいを嗅いだ。  ――おえっ、お酒くさっ! もう何も触れないよぅ……。  マヒワの反応に構うことなく、バンは盛大に唾を飛ばして、何やらまくし立てている。  お嬢――、お嬢――、といっているので、たぶんマヒワの他流仕合の意思を翻そうとして意見しているつもりなのだろうが、同じ内容を繰り返すだけの酒飲みにありがちな、あれだ。  バンの言葉はもはや意味不明で、「お嬢」以外、何も聞き取れない。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加