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1.yura
さざ波が聞こえる。
あの頃の私を思い出すといつもそう。
17歳の私はいつも猫背だった。
背が高いのをコンプレックスに思ってたから。
髪を洗うのがめんどくさくていつもショートだったな。
そして叔父譲りの凛々しい顔。
嫌いだった。
女の子なのに小さい喉仏があるほど低い声も。
その全てが合わさって私は高校でも王子というあだ名を付けられてしまった。
本当は可愛いものが好きだし、甘いものも好きだった。
でもそれはみんなのイメージの私にそぐわない。
「悠良、おはよ!」
たった一人本当の私を知る幼馴染みの百花。
私と正反対の百花は可憐でフワフワだった。
私たちが並ぶと彼氏彼女にしか見えないらしい。
「おはよ。」
「やだ、風邪引いてない?」
「昨日遅くまでゲームしすぎて。」
「はい、これあげる。」
百花がくれた飴はみんなが想像するような可愛らしいものではない。
いつもおばあちゃんがくれるような生姜のど飴とかだ。
百花は渋いものが好きなんだ。
エプロンではなく割烹着。
紅茶ではなく煎茶。
ケーキではなくういろう。
そして好きになる人はいつもおじさんだ。
今は用務員のおじさんに恋してるらしい。
百花はそれを隠さない。
自分を貫き通してるとこがかっこいい。
私とは大違い...
「おはよ、悠良ちゃん。」
そしてうちの学校のもう一人の王子。
要先輩が登場すると女子たちは色めきたつ。
「おはようございます。」
「王子たるもの喉のケアもちゃんとしなきゃだめだよ。」
「先輩はなんでいつもそんな美声でいられるんですか?」
「それはね、」
聞いた私が馬鹿だった。
そこから要先輩は教室に着くまでずっと喉についての雑学を語り続けた。
要先輩は本当はただの健康オタクであり、美容オタクだ。
私は朝からしてはいけない質問をしてしまった。
「おい要、ユラユラが困ってるだろうが。そこらへんで離してやれ。」
そこに現れた救世主が要先輩の相棒。
久住大和。
久住先輩は少々口は悪いけど優しい。
スポーツ万能なのに何故か将棋部に入ってて、不良っぽいのに成績はいい。
「ごめんなユラユラ。」
「いえ。」
「あ、これやる。」
くれたのはペチャンコになったあんパン。
「鞄のなかでペッタンコになっててさ。旨そうだからやるわ。ありがたく食え。」
そう言って去っていった。
...く、食えるわけない。
「ちゃんと食べなよ。腐るから。」
「百花、これを腐らせずに保存する方法探して。」
「はぁ~、そんなに好きなら告ればいいのに。」
「無理。」
「じゃあこのまま片想いでいいの?」
「だって久住先輩には...」
私の密かな恋はとっくに終わってる。
久住先輩にはもう恋人がいるのだ。
とてもお似合いの。
こうして見てるだけでいい。
そのために私は好きでもない将棋部に入った。
放課後、久住先輩の対局を見るために。
そのはずだったのに、対局を見ているうちにどんどん将棋にハマってしまって何故か部内で一番強くなってしまった。
そのおかげで久住先輩に挑まれるという幸せを得たんだけど。
「つよっ!お前どんだけだよ。」
「すみません。」
「謝んな謝んな。絶対明日は負けねぇから。」
別に将棋が強くなりたいわけじゃないのに...
「負けたから何か奢ってやる。なにがいい?」
「え?」
「バイト代入ったから。何でも言ってみろ。」
「...じゃあ。」
おねだりしたのは駅前のゲームセンターにあるガチャガチャ。
可愛いペンギンのガチャがどうしても全種類欲しくて。
「え?こんなんでいいのかよ。」
「はい。これがいいです。」
「ほら、回せよ。」
「ありがとうございます。」
あと一種類でコンプなんだ!頼む!
そう願いを込めて回した。
ドキドキしながらカプセルを取り出し開けると。
「どうだ?欲しいのだったか?」
「もう持ってるやつでした。」
「なんだよ。どれが欲しかったんだよ。」
「この星がついてるやつ。」
「...まぁすぐに手に入らないからおもろいんだよな、こういうのは。」
次の瞬間、頭をポンポンされて全てがふっ飛んだ。
「おい、ユラユラ?」
「アリガトウゴザイマシタ。カエリマス。」
そこから家までどうやって帰ったのか覚えていない。
しばらく頭を洗いたくなかった。
アンパンも冷凍庫に入れて永久保存したかった。
でもそういうわけにはいかないから、私は今の思いを日記に封じ込めるしかなかった。
しかしペンを握ってもどう表現していいか分からず、結局その日の日記には
先輩の体の一部になりたい。
と意味不明な一文を書いただけだった。
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