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18
(……想像以上だったな……)
駿太郎は、目の前でごった返す人混みを眺めながら、ため息をついた。今年は三日が土曜日で、明日まで休みという人も多いのだろう。さすがに福袋を狙っているであろう、必死の形相をした人はもういないけれど、暇だから出てきた、という感じの家族連れが多い。
そこかしこで子供の騒ぎ声が聞こえて、駿太郎はまたため息をつく。子供は苦手ではないけれど、こうも集まれば騒がしい。
なんでも揃うからと、ショッピングモールにしたのが間違いだったか。そう思うけれど、この時期はどこも混むよな、と思い直し、隣の友嗣を見上げた。
「友嗣、何見たい?」
「ん? シュンが好きなものが知りたい」
にこやかにこちらを見る友嗣は、先程の幼さはない。外だから甘えるのは遠慮しているのかな、と思うと胸がキュンとする。
(ま、とりあえずテキトーに回るか)
自分たちも、何か目的があってここに来たわけじゃない。時間はたっぷりあるし、ゆっくり見て回ればいいか、と歩き出す。
目に入ったファストファッション店に入り、適当に見て回った。友嗣は何も言わずに付いてきているが、次第に一人で見ているような感覚になってきて、友嗣を振り返る。
「友嗣、何か欲しいものあるか?」
「え……?」
「ああもちろん、あまり高いのは買えないけど。こういうファストファッションなら、揃いで買っても違和感はないよな……って」
何気なく言ってから恥ずかしくなる。お揃いの何かが欲しいと、無意識に言うほど恋人に飢えていないぞ、と心の中で言い訳をしていると、友嗣は柔らかい笑みを見せた。
「やっ、だからな……っ?」
「シュンって意外とイチャイチャしたいタイプだよねぇ」
生暖かい視線がすごく痛い。三十にもなってベタベタするのは、さすがに痛いと自覚もしている。けれど、家で見せる友嗣の子供っぽさだって、はたから見れば痛い。
(甘え甘えられが、友嗣相手だとできるんだな……)
長男として――大人としてという体裁を気にしなくてもいいのは楽だろう。二年前のことがあってから、そういう痛い言動は控えた方がいいと考えていたけれど。むしろ友嗣も甘えてくるから、変に身構えなくてもいいのかもしれない。そしてそれが楽だと感じるのは、やっぱり相性は良いのだと思い知らされる。――将吾にそこまで見透かされていたと思うと恥ずかしいけれど。
「と、とりあえず、色違いでこれとか買うか?」
「うん」
なんとなく気まずくて目の前のルームウェアを取る。上下セットで、トップスがフリース素材のモコモコした服だ。暖かそうだし、肌触りもいい。
自分が言い出したことだから自分が払うと、財布を出した友嗣を制し、会計をした。するとショッピングバッグを奪われたので見上げると、友嗣がキラキラした笑顔で「持つよ」と言ってくれる。
(……やっぱ顔はいい。うん)
周りは家族連ればかりなので友嗣に注目する人はあまりいないけれど、歩く場所が違えば人目を引いているのは間違いない。隣で機嫌が良さそうに歩く彼は、「次はどうするの?」と聞いてくる。
「そうだなぁ……次は友嗣が決めてくれ」
「……え?」
適当に見て回るにも、あてがなさすぎると疲れてしまう。そう思って言ったけれど、友嗣は困ったように眉を一瞬下げた。けれど次にはまた綺麗な笑顔に戻り、「シュンのことを知りたいからシュンが決めて」というのだ。
「おい、それを言うなら俺もだぞ。お前は何が好きなのか知りたい」
「俺は……シュンが好き」
「……っ、だからなぁ……」
歯が浮くようなセリフに思わず照れると、綺麗な笑顔で顔を覗き込まれる。
「……そういうの、いいから」
「そういうのってなに?」
ニコニコ笑う友嗣は天然なのか、わざとなのか。友嗣は、懐くと好みも全部相手に合わせるタイプらしい。
しかしそれでは、友嗣の望むことをしてあげたいと思う駿太郎の気持ちは、叶わない。
「友嗣」
駿太郎は通路の端に寄って立ち止まった。今までも、彼はそういうお付き合いをしていたのだろうか? 身体の関係があって、相手にすべて合わせて――……。
(そんなの、都合がいいように扱われるだけじゃないか)
相手を取っかえ引っ変えする節操なしだと思っていたけれど、眠る場所に困っていた友嗣はそうするしかなかったのでは? といまさらながらその考えに行き着き、駿太郎はため息をつく。
「お前が本当に望むものを、俺はしてあげたい。ご飯でも、買い物でも、遊びでもいいから好きなもの、言ってみ?」
「ん? シュンとずっと一緒にいたい」
返ってきた言葉に駿太郎は脱力した。
「シュンといられるなら、なんだっていい」
さらにそう言う友嗣に、呆れた顔を見せると彼は思いのほか真剣な顔をしてこちらを見ていた。その真っ直ぐな視線に駿太郎の心臓が、驚いたように大きく跳ねる。
「だ、から……そういう歯が浮きそうなこと言うなって……」
「どうして? シュンは嫌い?」
そう言って、友嗣はさらに顔を近付けてきた。近いって、と駿太郎は熱くなる顔を背けると、彼は「かわいい」と言ってくる。熱を孕んだその声に、いくぞ、と照れ隠しに足を進めた。
(嫌いじゃない。むしろ……。いや、でもやっぱり外では)
外出したのは失敗だったか? いやでも、と考えながら歩いていくと、友嗣は「待ってよー」と追いかけてくる。
それにしても、あの日から友嗣の態度は駿太郎ひとすじそのものだ。あの時、何が友嗣の胸に響いたのか、いまだに分からない。
(聞いてみてもいいんだろうけど、やっぱり怖いな)
友嗣が何を考え、駿太郎のどこが気に入ったのか。大事な部分だからこそ、駿太郎は怖くて踏み込めない。それが情事の途中であったならなおさら。
『浮気って……あんたとは身体の関係だけだったじゃん』
二年前、元恋人に詰め寄った時の言葉を思い出す。今思えば相手が最低なだけだけれど、それを本気で恋愛だと思っていた自分も恥ずかしい。
あんなやつ、実は本気なんかじゃなかった、と当時の自分の気持ちを偽ることで、なんとか傷を癒してきたのだ。これでまた、好きなのは自分の身体だけ、なんて言われたらどう立ち直れば良いのかわからない。
それでも、性欲はあるしイチャイチャすることも好きなのだから、めんどくさい。
「シュン?」
「……ああもう。めんどくせぇ……」
思わず心の声が漏れてしまい、ハッとして友嗣を見る。すると友嗣は慌てたように眉を下げた。
「ごめん、怒っちゃった? 許して?」
「ああいや、悪い。友嗣のことじゃない」
案の定縋るように見てくる友嗣。そうなの? と聞いてくる彼は、やはり精神年齢が一気に下がったように見える。
結局、まだ怖いと思いながらも、自分は人と深い関係を結ぶことに飢えているのだ。だったらもう、うだうだ考えるのはやめた方がいい。友嗣には、すでに自分が隠していた姿を見られているのだから。
(一回ヤッてみろって将吾サンの言葉、あれは大正解だった。すげーな……)
もうとっくに一番高いハードルは越えたのだから、あとは気にするほどのことではない。そう思い、再び友嗣と見るものを相談しながら歩き出した。
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