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「でも、何から話したらいいのか……」  どこか不安げに呟いた友嗣。駿太郎は促すと、二人とも起き上がってソファーに座り直した。友嗣は駿太郎の腰に手を回し、甘えるように抱きついてくる。  重いのは自分だと言った友嗣は、話すのを迷っているように見えた。そして、シュンにはきらわれたくない、と少し舌っ足らずに言う。 「嫌わない。友嗣こそ、こんな俺で良いのか?」 「シュンがいい」  ぎゅう、とまた腕に力を込められる。求められていることの安心感と、甘えられている優越感、そんな友嗣がかわいくてキュンとする感覚が混ざって、駿太郎は内心悶えた。  でも、そんな場合じゃない、と軽く咳払いをする。明日も仕事だけれど、ここまで起きて待っていたのだから、とことん友嗣と話そうと決めた。 「その、……俺が優しいだなんて思ってなかったって言ってたよな……?」 「うん……」  友嗣の肯定にドキリとする。やはり最初はまったく信用されていなかったと知って、胸が痛んだ。けれど彼はそれを察したかのように、首元に顔をうずめてくる。 「将吾が言ったの。シュンが俺に“どうしたい?”って聞いてきたら、優しい証拠だって」 「……」  そう言われて、駿太郎は思い出した。初めて行為に耽った夜、ムードがないと言った駿太郎に対し、そういうのが好きなのかと友嗣は聞いてきた。そして自分はこう聞き返したのだ。  ――お前は? どういうのが好き? と。  そのあと友嗣は僅かに視線を泳がせたのだ。しかしすぐに元の表情に戻り、「シュンの好きなように」と言った。  直後にやってきた快感のせいでその時は深く考えなかったけれど、友嗣は駿太郎の質問に答えていない。あの僅かな視線の動きが、友嗣の動揺を表していたのかもと思うと、「なぜ?」という疑問符が浮かんでくる。 「相手のことが気になるなら、いろんなことを聞いてくるはずだって将吾に言われて。優しいってそういうものなの? って聞いたら、そうだよって……」  そう言うと友嗣は首元で鼻をすん、と鳴らした。  相手のことが好きならば――たとえそれが恋愛という意味の好意ではなくとも――知りたいと思うのが普通だと駿太郎は思っていた。その延長線での質問だったのに、友嗣は知らなかったのだろうか。 「でもそのあとシュンを抱いたとき、“ああ、この子は俺と一緒なんだ”って思った」  最初は将吾の言うことも半信半疑だったけれど、駿太郎のあの質問があり、行為中に彼なりに感じたものがあり、急にかわいいと思うようになったと友嗣は言う。 「俺と同じ? それはどういう……」 「……この子も、寂しいんだって……」 「……」  駿太郎は驚いた。ホテルで子供っぽいと思っていた友嗣が、急に見せかけだったと思った瞬間があったのだ。けれど年相応だと思う時間はほぼなく、やはり年齢に対して幼いという印象が強い。  そのちぐはぐな見た目と言動に彼の不安定さを感じて、胸が締めつけられる感じがした。そして駿太郎の勘が、嫌な予感を増幅させる。  この人は、大きな不安を抱えているか、大きく傷付いている――そう感じた。 「俺は……ずっとゲイであることを認めてくれる人が欲しかった。誰かがいないと立っていられないほど弱い自分を、認めてくれる人が……」 「うん……」  そう。不思議なことだけれど、あの一夜でそんな駿太郎の不安が、セックスを通して友嗣に伝わったのだ。不安定なものを抱えている似たもの同士で、将吾が引き合わせてくれた。  では、友嗣の方はどういう事情で駿太郎と同じだと感じたのだろう?  特別だと軽々しく言う割には、離れようとすると酷く不安がる。将吾が絶対的な存在で、彼の言うことだけは無条件で聞く。一体彼の過去に、何があったのだろう? 「……お前は、将吾サンのことが好きなのか?」  駿太郎は一番可能性がありそうな予想をした。すると友嗣は少し身動ぎし、また首の匂いを嗅いでいる。 「すき、……とは少し違うかなぁ。俺の親……みたいなもの?」 「親?」  駿太郎は聞き返す。確か友嗣と将吾は同い歳のはず、と思っていると、彼は気怠げにため息をついた。 「俺は将吾に養われてる……って言ったらいいのかな……」 「……何それ」  意味がわからなくてもう一度聞くと、友嗣は黙ってしまった。名前を呼ぶと、小さな声で返事をしたものの、それ以上話す気配はない。 (そういや、将吾サンは【ピーノ】のオーナーって言ってたな)  そして友嗣は雇われ店長だとも。ということは、友嗣は将吾から給料を貰っている、ということだろう。しかし、それで養われているという表現は、しっくりこない。 「友嗣、……話したくないのか?」 「……こういう話をすると、怠くなる……」  そっか、と駿太郎は彼の頭を撫でた。身体は大きいのに、擦り寄ってくる姿がいじらしい。これ以上聞くのは諦め、風呂に入れと促すと、もう少しこのままでいたい、と言われた。しかしそのうちに友嗣は、規則的な寝息を立ててしまったのだ。起こすのも忍びなく、かといって動くこともできず、駿太郎は吐息を漏らす。 (でも、温かい)  人肌から伝わる安心感は、駿太郎にとっても心地良かった。話は途中で終わってしまったものの、駿太郎がいい、と言ってくれたことにはホッとする。  しばらくして、友嗣はそのまま本格的に寝てしまったので、そっと腕から抜け出す。掛け布団を持ってきて彼に掛け、集めた友嗣の荷物を眺めた。  ボストンバッグ一つにすべて入ってしまう荷物。身軽でいるのは、いつ追い出されてもいいようにしているからなのだろうか。  ――この子は俺と一緒なんだ、って思った。  友嗣の言葉が蘇る。 「似たもの同士、だな……」  友嗣が抱えているものがなんなのか、気になる。けれど彼の今までの生活や言動を見た限り、生半可な気持ちで聞いてはいけないような気がした。ずっと、自分は甘えたがりな癖にそれを隠していたけれど、友嗣を見ていて少し自分を変えなくては、と思ったのだ。  なぜなら、友嗣はすでに何かと闘っている気がするから。  言動は緩くて子供っぽいけれど、必死で生きている。そう感じるのは真面目に仕事に行き、駿太郎の食事も作ってくれるからだ。それは、恩がある人にだけはせめて、と尽くしているように見える。ほかがどうでもいいのではなく、それが彼の精一杯なのだとしたら……。 「自分も精一杯支えたいって思っちまうんだよなぁ……」  自分でもちょろすぎだと思う。好かれて気持ちよくされて絆されて。けど、自分が今まで出せなかった弱くて柔らかい部分を、同じだと言って抱きしめてくれる人は初めてだった。そしてそれが心地良いと思うのは、やっぱり相性が良いのだと思う。 「歳上だけど……。お前はかわいいな」  そう言って駿太郎は友嗣の頬にキスをする。寝室に行って眠るのはなんだか躊躇われて、駿太郎も掛け布団を持ってきて、友嗣のそばで眠った。
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