狂王誕生

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 俊平はわが目を疑った。レストランのバイトから帰ってくると、みおの私物が全部消えていた。彼女の服、靴、鞄、化粧品、そして、ぬいぐるみさえも消えていた。 「これはいったい……」  俊平にはわけがわからなかった。今朝九時に出かけるときには、みおは何も言っていなかった。それが、俊平が出かけている間に、自分だけで引っ越しをしてしまったのだ。  炬燵の上にメモが残っていた。 『さようなら俊平 探さないでください 片山みお』とだけ書かれていた。 「探さないわけがないだろ」とつぶやきながら、俊平はみおの親友の石川涼子に電話した。 「もしもし、涼子ちゃん? 青山だけど。今話せる?」 「ああ、いいわよ」 「今帰ったら、みおが留守中に引っ越ししたみたいなんだ。『探さないで』というメモしかない。行き先知らない?」 「知らない。たとえ知ってても、俊ちゃんに言うはずはないけどね」  眉間に皺を寄せて俊平は尋ねた。 「どうして?」 「だって、手紙もメールも残さずにみおが引っ越したということは、それなりの覚悟があったからでしょ。あたしはみおの親友だから、俊ちゃんよりみおの気持ちを優先するの」  核心を突かれて俊平は詰まった。 「……。わかった。でも、もし、みおから連絡があったら、俊平が一度話し合いたいと言っていたと伝えてほしい」 「はいはい。一応覚えてはおくね。じゃあ、切るよ」  一方的に切られたスマホの画面を見ながら、俊平は途方にくれた。涼子に聞く以外、みおの行き先を辿れる手立てはない。みお、どうして一言も俺に言わないで、姿を消したんだ……。  俊平は崖の上に咲く花にもう少しで手が届こうとしているときに、突き落とされたような気分だった。しかも、よりによって、自分が愛するみおの手によってだ。
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