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 幸いにも、二人の命に別状はなかったが、まゆの意識はまだ戻らない。  また激しい恐怖体験によって、ひなにも鎮静剤が投与され彼女も深く眠りに堕ちていた。状況が状況なので二人を別々に休ませ、それぞれ警官が見張っている。  二人が警察病院で保護されながら、同時に関係者へ警察の事情聴取と現場検証が直ちに始まった。  彼は誰もが名を知るキー局の有名プロデューサーだったこともあり、大勢の取材陣に囲まれた渋谷署の警官達はピリピリとしながら高揚した空気を漂わせていた。  「しかしその後、まゆの子どもは、不妊の身体である元大女優の妻も認知しており、夫もまゆの精神が病んでいるのを知りつつ支援していたなどの美談報道で、当該プロデューサー夫妻は逆に羨望の的となってしまっているんです!」  多忙を極める黒岩捜査第一課長が警視庁本部で書類の山を処理している間に、運転担当も兼ねる秘書官の秋山巡査長がゴシップネタも含めて、そう事件の概要を説明した。  「マル被は、精神病の治療歴があるのか?」  黒岩は書類の山から視線も上げずに、秋山に淡々と質問を投げかける。  黒岩は国内トップの大学を主席で卒業したキャリア組であるが、叩き上げが就く捜査一課長に異例な抜擢をされた変人である。その変人に引っ張りあげられた秋山はどうという特技もないが、自他ともに厳しいと評判の黒岩にも臆する事なく手なづけられている、裏表のない純朴な青年だ。  上司の黒岩は180を優に超える高身長、高学歴、挙句整い過ぎた顔立ちで、刃物のような指導力から死神と恐れられていたが、色々と頼りにもされている。  そんな黒岩のところに先ほども、刑事部長から連絡があり渋谷署のこの案件でまたも頼み事をされたらしい。  事件の要点を難なく掴むと、秋山に大学の後輩で医師の間取(まとり)を連れて警察病院に行けと指示を出した。  「えぇぇ〜⁈間取先生ですか?」  「嫌なのか?」  黒岩が顔を上げて、ニヤリと笑う。怖い…。  「いえ、自分は任務遂行して参ります!」  秋山はサッと敬礼すると、脱兎の如く出て行った。黒岩は、秋山が間取を苦手としている事を熟知していた。  間取はモデルのような長身と意外にも整った顔立ちを持ちながら、愛想はなく、女医なのに肥溜めでも寝れるんじゃないかという奇行が日常の、学問馬鹿である。  一課長黒岩は間取医師に何かと面倒を押しつけているようだが、信頼が厚いという事だろう。  しかしこの長身二人が、死神顔と漆黒長髪で揃うと寒気がする。ダブルジョーカーと異名をとる最悪の手札で、いつも秋山は痛手を負う事件とならない事を願うのだった。
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