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20. 複数形と単数形
『読むのも好きだけど、書くのも好き』
そう話す織田が、秘かにネットの小説サイトに投稿していることを、琉生は知っている。
今は、詩や短編を中心に投稿しているらしいけど、そのうち、長編を投稿する、と彼女は話している。
作家になりたい。それが、彼女の夢なのだという。
「ペンネーム、何? 教えてよ。さがして読むよ」
琉生が言うと、
「今はまだ。そのうち、長編をアップしたら、そのときに読んで」
「なんで? 先に詩や短編も読みたいな」
「まずは、その渾身の長編読んでから」
「……なるほど。渾身の作、か。わかった。待つよ。でも、書けたらすぐ教えて」
「うん。もちろん」
カウンターに本を借りに、生徒が近づいてきた。2人はそこで会話をストップして、前を向く。
今では、週に一度の図書館での時間が、琉生にとっては、貴重な休息の時間になっている。
受験の話ももちろんするけれど、それ以上に、織田とのあいだで交わされるのは、もっと遠い将来の話だったり、数年先の話だったり、が多い。つまり、『未来』の話だ。
そして、そのテーマは、やりたいこと、やってみたいこと、気になっていること、好きなことに彩られている。自分の夢をためらわずに話してくれる織田には、琉生も安心して、やりたいことや夢が話せる。
「将来さ、作曲や作詞もしたいと思ってる。自分たちの歌う歌を自分たちで、作りたい。そう思ってる」
「そうなんやぁ。いいよね。自分の想いを、自分の言葉とメロディーで伝えられるって、すっごくいいな」
「うん。だから、僕も想太も今ちょっとずつだけど、勉強してる」
織田が、ほほ笑みながら、一生懸命な眼差しで聞いてくれる。
(いい子だな)
そう思う。
彼女の笑顔を見ると、静かな力が湧いてくる気がする。
(しっかりとした気持ちを持って進めば、道は、なんとか拓けて行くんじゃないか。いや、きっと拓いていく、自分たちの手で)
想太以外で、一緒にいてそんな気持ちになる存在は、琉生にはあまり思いつかない。
返却された本をブックトラックに載せながら、織田が静かに琉生に笑いかける。
「琉生くんは、ほんとに、想太くんと仲がいいんやね。すごく信頼し合ってる感じがね、めっちゃ伝わってくるよ」
「そ、そうかな?」
「うん。琉生くん、いつも、将来の夢語るとき、『自分たち』って言うことが多いよね。……だから、なんていうのかな、『琉生くんのそばには、いつも想太くんがいる。そして、この先もきっとずっと一緒にいる』 琉生くんがそう思ってるのが伝わってくる。そう思える相手に出会えることって、なかなかないと思うから……」
「……そうか……」
「うん。だから、……ちょっと羨ましい気がする」
正直、琉生は気づいていなかった。
将来を語るとき、いつも自分が、『自分たち』と、想太を含めて語っていたことに。
一瞬、ぼ~っとしてしまった琉生に、織田が言った。
「……2人一緒に、デビューできるといいね。それで、2人でいっぱい素敵な歌を作ってよ。楽しみにしてるから」
「う、うん」
ブックトラックを押して、棚に本を戻すのは、いつも琉生の担当だ。琉生は立ち上がって、黄色いブックトラックを押して歩き出す。
棚のあちこちにいる女の子たちが、小さく会釈する。琉生もほほ笑んで、軽く会釈を返す。
笑顔を返しながら、琉生は頭の中で考える。
あまりにもたくさん、想太と2人で夢を語り合ってきたせいなのか?
自分は、いつも、一人称複数形の主語『自分たち、僕たち』で夢を語っている。
『僕』という単数形で語られる夢は、ちゃんと自分にはあるのか?
そう思ったとき、琉生は少し動揺した。
自分の心の中に浮かぶどの夢にも、必ず、そこに想太がいた。
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