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22. 決意
「え?!」
「え?!」
マネージャーから示された企画書を前に、琉生と想太は、一瞬驚きの声を上げた。
それは、今話題の小説『挑戦者たち』を原作とした映画の企画だった。
簡単な筋書きを言えば、日本で生まれた双子の兄弟が、生まれ落ちてすぐ巻き込まれた事件のために、それぞれに数奇な運命をたどって、1人はアメリカで、1人は日本で成長する、というものだ。そして、大人になった2人は思いがけない出会いを経て、大きく動き出す運命を共にしていく。お互いを兄弟とは知らぬまま、友情と信頼を深め合っていく2人は、やがてあることに挑戦しようと考えるが……
琉生も想太も、その作品は読んでいた。それは、飾らないあたたかい文体で書かれた小説で、笑わせるところも、泣かせるところも、胸熱く力が湧いてくるところも、全部が読む人を惹きつけずにはおかない作品で。『これが映画やドラマになったら、すごいよね』と、2人で感想を話し合ったこともある。
ストーリー自体は、荒唐無稽とも言えるくらい、あり得なさそうな設定なのに、その素朴でしっかりとした文章ゆえに物語に説得力が生まれ、読者に(もしかしたらこういうこともあるかもしれない)と思わせ、物語に引込むだけの魅力を生んでいた。
でもまさか、その役のオファーが自分たちに来るとは思ってはいなかった。だから、2人は、とにかく驚いたのだ。
「なんでもね、この小説の作者、三上 柊さんは、この主人公2人の、子ども時代青年時代を、君たち2人をイメージして書いたらしいんだよ」
「え?」「え?」
マネージャーからの言葉に、2人はさらに驚く。
「君たちが、小学生の頃に出た2時間ドラマ、あったろう? あれを見たときに、いつかこの2人を主人公にした物語を書きたいって思ったのがきっかけらしくて」
「ええ……」「ええ……」
2人とも、びっくりしてそれ以外の言葉が出てこない。
そのドラマで、2人は主人公たちの子ども時代を演じた。幼い頃の主人公2人の、真っ直ぐで爽やかな友情を感じさせるシーン。
そして、それは主人公たちの心の中にずっと残り続ける大切なシーンとして、何度も回想シーンに出てきて、見る人に強い印象を残した。実際は、とても短いシーンだったのだけど。
しかし、そのドラマ以降、2人の人気は一気に大きくなったのは確かだ。でも、もう5年も前のことだ。
「とにかくね、映画化するにしても、キャスティングは、君たち2人をはずしては考えられないって、話で。時を遡れるなら、子ども時代も君たちにやってほしいくらいだけど、むりだから、せめて、少年時代から青年時代の前半までは、とのことなんだ」
琉生と想太は、顔を見合わせる。
嬉しい。すごく、すごく嬉しい話だ。そんなふうに、自分たちを望んでもらえることが嬉しい。
その役を演じられる自信があるとかないとか以前に、『やりたい』 その思いが強く湧いてくる。
「やりたいです!」「やりたいです!」
2人の声は重なった。
「よし。じゃあ、その方向で進めていいね。……受験勉強の方との両立、ちょっとハードになるかもしれないけどね。いろいろ準備しないといけないことも出てくるから」
「大丈夫です」「なんとかします」 想太も琉生も、不安を抑えながら精一杯応える。
「まあ、できるだけ配慮はするよ」
「はい。お願いします」「お願いします」
その日の帰り道。
「役者として、自分を望んでもらえるのって、嬉しいよね」琉生が言うと、
「うん。自分らのことイメージして書いてくれたって。めっちゃ嬉しいよな」
想太が、「めっちゃ」のめのところに力を入れて、顔をほころばせた。
「でも……なんかさ、僕たちをイメージして書いたって聞いて……厚かましいけど、ちょっと納得した」
「そや。オレも。なんかさ、イメージ合うなあと思って、勝手に頭の中で、琉生と自分をキャスティングして、読んでたから」
「僕もそう。なんか似てるなあ、って思ってた」
「でもまさか、ほんとにそうやったなんて、思わんかった」
「もう一回読み直さないと」
「そやな。何回も読みなおさんとあかんな」
その日、家に帰った琉生は、本棚から2冊の本を取り出した。
『玻璃~挑戦者たち~』 三上 柊 作 と書かれている本の上巻と下巻だ。
1冊は、透き通った青い水のような色の表紙。もう1冊は、透明感があるのに底の方から炎が立ち上ってくるみたいな深い赤の表紙。それぞれに二筋の白い線が、細いけれど、くっきりと描かれている。この線が、主人公たちの人生を象徴的に表してもいる。
想太の家でその本に出会い、まずは装丁に惹かれて、どうしても気になった琉生は自分で買って読んだのだ。
予感が、する。
これは、自分にとって、めちゃくちゃ大きな機会になる。一生のうちにそう何度も出会うことのないレベルの。
おそらく想太にとっても。
何より、自分が夢中になって読んだ、大好きな本の中の人物になれる。というより、その人物のイメージモデルが、実は自分なのだということが、信じられないくらい嬉しい。
胸の奥から、熱いマグマのような、炎のようなものが湧き上がってくる気がする。
(ちょうど、この本の表紙みたいだ……)
応えたい。自分をイメージしてくれた作家の思いに。そして、自分を起用しようと考えてくれた人たちの思いに。
そのために必要な努力なら、自分は何だってやる。
無理も無茶も、ない。
ただ、やる。やりたい。
琉生は、決意を込めて、その本の表紙を見つめた。
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