5. 自分の中に

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   ため息交じりに、公平が繰り返すのをみて、想太が言った。 「オレ、作りましょか? 浅香さんの分」 「え? ほんまに? ええの?」 「いいですよ。ただし、定期試験終わってからですよ。それまでは時間ないんで」 「ほんまに?  嬉しい」  公平は、とても嬉しそうだ。単純なのだ。だから、憎めないのだけど。 「何がいいですか? オレ、今まで作ったことあるのは、パンダとブタとうり坊とクマと雪だるまとタコだけです」 「だけって……。そんだけ作ってたら、たいしたもんやで」 「あ。でも、ピンクのブタは、琉生とオレの専用やから、ブタでもいいけど、色は他の色ですよ」 「ん~。そうか。そやなあ。じゃあさ、ネコ! ネコ作ってくれへん?」 「ネコ……初挑戦になるから、ちょっと自信ないけど」 「三毛猫がいい」  公平がワクワクした顔になる。公平のネコ好きは有名だ。道端で、ネコを見ると、どこまでもトコトコついて行ってしまいそうになるほどだ。 「……先輩、なにげにめんどくさいこといいますね。三毛猫って……」 「あかんか?」 「ええけど、毛の色、3色ってちょっとめんどくさいな」  想太が小さい声でつぶやくのを見て、公平が少ししょぼんとすると、想太はあわてて言った。 「……しゃあないなあ。わかりました。三毛猫、オーダー承りました!」  顔の横で、手を構えて、笑いながら敬礼する。  キリッとした眉の下で、目が優しくキラキラ輝いている。  可愛いと言われ続けた笑顔にカッコよさが加わって、頼もしく見える。琉生の好きな笑顔だ。 『おまえ、先輩に向かって、しゃあない、とか言うなよ~』と公平にぼやかれながら、想太も、『いや、だって、オレ、今まで、三色使うの作ったことないし、ネコの形ってけっこうめんどくさいんすよ』と言い返している。 『そんなん言わんと、頼むで~』と公平に言われ、『しゃあないなあ』と想太が苦笑いして、『あ、おまえ、また、しゃあないって、言うた~』と2人はいつの間にかじゃれ合っている。  そうなのだ。  想太は、いつだって、するりと人の心をほぐしてしまう。  浅香先輩は、はじめ、想太をからかうつもりで、彼女のはなしを持ち出したはずだ。それで琉生は、ハラハラしたのだ。でも、いつのまにか、状況は変わっている。  笑いながらじゃれている2人を見ながら、琉生は、心の中に、チクリと小さなトゲみたいなものが刺さるのを感じる。自分なら、こんな雰囲気には、ならない。たぶん。 『しゃあないなあ』という、関西弁の柔らかい響きのせいもあるけど、琉生が、『しかたないな』 なんて言ったら、なんだか、その場の空気が冷えてしまいそうだ。というか、それ以前に、琉生なら、『しかたないな』という言葉も先輩には言わないし、言えない。気を悪くさせそうで、気を遣ってしまう。    想太は、言いたいことは言う。  さっき、想太が、ピンクのブタは、琉生とオレの専用とハッキリ言ったとき、内心、琉生はホッとしていた。  2人で、いつかデビューする、との思いを込めて想太が作ってくれた、2人のお守りのようなマスコットだったから、正直、他の人が同じものを持つのはいやだと思ってしまった。もし、同じのがいいって言われたらどうしよう、そう思った。  だから、琉生は、自分が持っているブタを見せたことを一瞬、後悔してしまったくらいだ。 (自分って、心、狭い……)  琉生は、自分に少しがっかりする。  想太に出会うまでは、琉生は、『冷静で穏やかで、大人っぽいね』なんて言われてきた。  自分でも、そう思っていた。小さな箱の中に行儀よく収まっている人形のように、琉生は、おっとりゆったり日々を過ごしてきたのだ。  でも、想太といると、胸が熱くなったり、ハラハラしたり、必死になったり、思いっきり笑ったり、自分の中に、こんなにもいろいろな感情があったのだと、琉生は自分でも驚いている。  そんな自分を喜べるときもあるけど、逆にがっかりすることも、同じだけたくさんあるのだ。
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