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妻が庭で洗濯物を干しながら歌っている。
正確な音程、心地よい歌声。
「ずいぶん古い歌だね。五十七年前に十代の若者に流行した歌じゃないか」
珈琲を飲みながら僕が言うと妻がこちらに顔を向けてニコリと笑う。
「私、この歌大好きなんです」
「いい歌だよね。僕も好きだ」
僕が言うと妻がおかしそうにクスクスと笑った。
「最初にあなたがこの歌が好きだって仰ったんですよ」
「そうだったかな」
僕は記憶を手繰る。
「ああ、そうか。五十二年前に僕が歌っていたんだっけ」
「しっかりしてくださいな。まだまだ若いんですから」
「いやいや、僕はもうオンボロさ。子どもたちもとっくに独立して家を出て行ったし、そろそろ耐用年数切れさ」
そんな僕の言葉に妻が悲しそうな顔を見せた。
「そうなんですか?」
「ああ。残念だけどね。これは決まっていることだから」
「あなたはSH062型のロット78ですよね。ああ、本当だわ。あと6080分しかないのね」
「ああ、良い人生だったよ」
「私、良い妻だったかしら」
「良い妻だったね」
「あなたは良い夫だったわ」
「ありがとう」
「お別れ前にどこかでお食事でもしたいわ」
「いいね、君の好きなエターナルホテルのディナーでどうかな?」
「いいわ。でもあなた、そこもあなたが最初に好きって言ったのよ」
「そうだったかな……記憶の検索機能がだいぶ低下しているな。うん、今予約したよ。五日後の午後十九時」
「いやだわ。それじゃああなたの停止時間を過ぎているじゃない」
「ああ、本当だ。僕は本当にダメだな」
「いいえ、そういうちょっとドジなところがとっても人間っぽいわよ」
「君もね。そういうドジな僕を笑って許してくれる優しいところがとっても人間っぽくてステキだよ」
「私たち、良い夫婦だったかしら」
「良い夫婦だったね」
「良かったわ」
「エターナルホテルはキャンセルして、エレガンテレストランを予約したよ。二日後の午後十九時」
「楽しみにしているわ」
「さて、もう一回歌ってくれないかな。僕、その歌が好きなんだ。君が楽しそうに歌っているのが特にね」
「もう、そんな風に言われたら恥ずかしくて歌えないわ」
妻が笑う。
妻も僕もアンドロイド。製造されたときから耐用年数が決まっている。
あの歌が流行した五十七年前の人間が見たら驚くだろうな。
人類が死滅したこの世界でアンドロイドが人間の真似をして生活しているなんて。
この世界から人類はいなくなっても人類が作った歌はずっと残っている。
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