第一章

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そんな彼に梓は「わからないならいいです」と冷たく言う。この反応で、幸守は絶望した。嫌われたと思ったのだ。当然のようにその後の会話はまったく弾まず、二人の間には(ワダカマ)りが残った。 幸守がその絶望感を抱きながらハイツベイカーに着いたのは、夜の8時過ぎのことであった。夕食を終えた後、その後のデートプランも一応考えていた幸守であったが、前述した通り話は弾まず、梓も不貞腐れてしまったのか、店を出た後に「じゃあ私はこれで。」と、また冷たく言って、さっさと帰ってしまったのである。幸守には、それを呼び止めることも、彼女に話を聞く勇気もなく、すっかり絶望に浸って帰路に着き、トボトボと歩いて帰宅したのであった。その落ち込んだ様子の彼を見て、帰宅した際にいつものように元気良く「お帰りなさい先生!」と声をかけた波戸であったが、あまりにも落ち込んでいる彼にそれ以上の言葉をかけることはできなかった。暖炉の居間に幸守が入ってきて、それを迎えた左門寺も、さすがに今の彼に触れてはいけないと思い、ただ「お帰り」と言うだけであった。幸守はその二人の言葉に「ただいま」と、まるで業務的に返して、まっすぐ自室に籠ってしまったのであった。 その翌日も、幸守は部屋の外には出てこなかった。彼はすっかり塞ぎ込んでしまっていたようで、左門寺も波戸も、その様子を見て声をかけることもできなかった。左門寺が一階のリビングに降りて、波戸に「今日も出てきませんね」と話しかけた。 「えぇ。そんなにひどいデートになってしまったんですかねぇ……」 「まぁ準備不足に変わりはなかったですからねぇ。相手は若き法医学のホープと呼ばれる人ですから、それなりにプライドは高い人なのでしょうし、もしかしたら、幸守くんはそんな彼女のプライドを傷付けてしまって、険悪なムードにでもなってしまったんでしょう」
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