第三章

2/39
前へ
/221ページ
次へ
内川聖郷の豪邸を出た菊村と薫は、まずは繭美のアリバイを確認するためにこの豪邸の向かいにある表札に“市川”とある家を訪ねた。すると、一人の40代後半くらいの女性が出てきたのである。菊村が、昨日の夜の10時頃、向かいの豪邸からピアノの音が聞こえたかと尋ねると、その彼女はすぐに答えた。 「えぇ、聞こえてましたよ。前にもそういうのがあって夜のピアノは9時までって決めたはずなのに全然弾くのやめないから思わず乗り込んで怒鳴っちゃったのよ」 その女性の口調は少々荒々しく、ついさっきまでそのことで怒っていたかのようであった。そんな彼女に続いて薫が質問する。 「その時に聞こえてきたのは、こんな曲じゃありませんでしたか?」 薫は自分のスマートフォンで、先ほど繭美が答えた『木星』のピアノ音源を聞かせる。それに耳を傾けた女性は、「えぇ、この曲ですね。もうずっと弾いてましたよ」とまた荒い口調で答えた。 「そうですか」 「何かあったんですか?」 女性はまるでデメキンのようなギョロッとした目を二人の刑事に向けて聞いた。ここで詳しいことを説明してしまうと、近所で噂になって面倒なことになりかねない。菊村も薫も顔を互いに見合わせて、適当に答えることに決め、薫がそれに答えた。 「いいえ、ちょっとこの辺で不審者情報がありまして。その件での聞き込みなんですよ」 「へぇ、そうなんですか。もういいですか?これでも忙しいので」 その女性は菊村と薫をそのギョロッとした目で交互に見ながら、疑念を孕んだ声で話した。 「そうですよね、すみません、お忙しい時に」 あまり深く聞いてくることもなかったため、菊村はすぐにここから離れるためにそう言って、満面の作り笑いをしながらその場を離れた。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加