わがママ

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 父とは凄く仲が良かったわけでもないが、悪かったわけでもない。母の死の後、仕事を休みがちになった父はよくドライブに連れて行ってくれた。出掛ける時は必ず、私が生まれる前から着ているデニムジャケットを羽織っていた。母が「またそれ着てるのぉ」と笑いながらツッコミをしていたのをよく覚えている。元々口数の少ない父はドライブ中は更に口数が減った。私が車から見える景色に指を差しながら「パパあれ見て」という言葉に「おおすごいね」と返すだけだった。  私が生まれる前に死んだ祖父の家で暮らす祖母、清子(きよこ)は何度も私の頭を撫でては「欲しいものはある? 」と言ってくるようなおばあちゃんだった。それのおかげもあり、私の我儘は多くなっていた。お菓子やジュースを買ってもらうのはもちろん。晩御飯は私のリクエストばかりだったのを覚えている。だが、祖母は張り切っていたし、父もそれに文句を言うことはなかった。祖母があまりにも自分の言うことを聞いてくれるので、逆に自分が祖母の頭を撫でてあげようとしたこともあった。昔の女性にしては長身な祖母の頭を撫でるのは当時の私には難しく、それでも撫でようとする私を見て祖母は体を屈めてくれた。膝が悪いことも気にせずそうしてくれた。祖母はいつも優しかった。  ある時から私の我儘の難易度は上がった。学校の授業参観。私のことを見てくれるのは祖母だった。父は休んでいた仕事を取り戻すのに忙しく、来ることができなかった。祖母が見てくれるのは無論嬉しいことではあったのだが、周りの親達を見るとどうしても違和感を感じてしまうのだった。  祖母と一緒に家に帰る私は、不意に「ママが作る唐揚げが食べたい」と言った。半ば無意識のような発言だった。いつも私が何か言うたびに「うんうん」と明るく頷く祖母は、その時だけは頷くことなく「バァバがママの代わりに作るからね」と力強く言っていた。祖母は奮闘してくれたが、母が作ってくれる唐揚げとは違う味がした。  その日から母は夢の中に出てきた。死んだ時は一切現れなかったのに、急に出てきたのだ。夢の中の母は当たり前のようにキッチンに立ち、料理を作り、私に笑顔を振り撒いた。私もまた、それを当たり前のように眺めていた。そんな夢が何日も続くようになっていた。寝て起きると、母に買ってもらったロボットのオモチャを何をするでもなくジッと見つめていた。  それから何度かあったことだが、寝てる最中に母のことをうなされるように呼ぶ私を心配して、父も祖母も寄り添ってくれていた。私は何度も「ママ会いたい」と言っていたらしい。
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