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三口目
明かりを落としたスタジオ中央、パイプ椅子にちょこんと掛けた女性が単身ライトを浴びる。
ストレートロングの金髪は内側がピンク色で、首の動きに応じ垣間見える、コケティッシュなインナーカラーが華やぐ。
それでは自己紹介を。
「英ナギでーす、いちおーアイドルやってます」
心霊番組初出演とうかがいましたが、意気込みを聞かせてください。
「アタシ霊感ゼロで~~、生まれてこのかたオバケとか見たことない。ぶっちゃけいるかどうもはわかんない。けどね、オファーもらった以上は全力前進頑張る!後方ガヤ面雛壇要員大歓迎!今回は特別ゲストってことで気合入ってんの、数字とれたらレギュラー固定考えるってPさんの言質とったんで!でも別に枕とかはしてないから安心してねファンの人」
幽霊は信じてませんか?
「コックリさんやっても来てくんなかったんだよね~。ちょうど十円切らしてて、子供銀行のコイン代わりにしたのがまずかったのかな。うまい棒ガマンしときゃよかった」
何味?
「納豆一択」
悪霊が襲ってきたらどうします?
「真空三段蹴り叩き込む」
逞しいですね。
「死亡フラグはへし折る為にある!でしょ?てっぺんとるまで死ねないもん。実際どうなるかはわかんない、叫んで逃げちゃうかも。本職付いてるから大丈夫かな~?とりまリポート頑張りまーす」
次に登場したのは年の頃三十代前半の男。原色のアロハシャツを羽織って短パンを履き、ゴムサンダルを突っかけている。頭にはハイビスカスを一輪挿した、リーズナブルな麦わら帽子がのっかっていた。顔はシーサーに似ている。
自己紹介お願いします。
「お笑いコンビ『サザンアイス』のサザンの方こと喜屋武夏寿男DEATH。テレビの向こうのみなさんしまくとぅば~」
H団地は国内最恐心霊スポットと名高い曰く付きの場所ですが、生きて帰ってこれそうですか?
「埼玉にいい思い出ないんだよなあ。峠でえらい目遭ったし」
動画見ました。やらせじゃないんですか。
「本当に電話鳴ったんだって、見たっしょ迫真のリアクション、毛穴ガン開き鼻水ダバダバのひでー顔」
ええ、本当に汚かったです。
「オブラート包んで……」
喜屋武さんはユタの末裔なんですよね。経歴詐称じゃないですよね。
「経歴詐称でも芸歴詐称でもねえよ、正真正銘沖縄出身ユタの孫だよ!特技はマブイ込め」
沖縄の人ってそんなに魂おっことすんですか?
「子供の頃に一回二回はやってるな。コケた拍子にぼろんしちゃうの。俺のばあちゃんはマブイ込めの名人だった」
なんかヤですその擬音。違うもの連想しちゃいます。
「ま、いざって時は相方肉盾にするんで」
「おい」
フレーム外から憮然とツッコミが飛ぶ。カメラが横に流れ、パイプ椅子に掛けた作務衣に下駄の男を映す。
最大の特徴は爆発したようなパンチパーマ。腫れぼったい一重の奥に眠たげな瞳が覗く。
「誰が肉盾だ誰が」
「お前だお前、相生峠の恨み忘れてねえぞ」
「きゃんきゃん吠えんな喜屋武」
自己紹介は……。
「あっども『サザンアイス』のアイスの方こと力石譲二です、テレビの向こうのみなさんおばんです~」
作務衣が両手の親指を立てる。
『サザンアイス』のお二人は動画の企画で沢山心霊スポットに行かれてますね。本物に会ったことはあるんですか?
「例の峠はヤバかったっすね、桁違いの霊圧感じました。股間の妖怪アンテナがビンビン勃って」
今のカット。
「ちょっ待っ本当だって、近くにヤバい霊いると俺のモジャ公がバチバチって」
事前インタビューの段階で番組潰したいんですか?
「すんません……」
作務衣が委縮する。アロハがしししと含み笑って相方を冷やかす。
「ザーコザーコイタコのザーコ」
「お前だって閉じ込められて泡食ってたじゃねえか」
「受話器から女の声聞こえりゃびびるに決まってんだろ、『あなたじゃない』とかわけわかんねー駄目だしされるし。何だったんだろうな~アレ、日を改めて出直したら全然霊圧感じなくて拍子抜け」
力石さんはイタコの孫なんですよね。
「父方の祖母が口寄せやってました。地元じゃ結構有名だったんすよ。そのせいか俺もガキの頃から霊感あって、幽霊っぽいのとか妖怪っぽいのとか色々見てきましたね」
「コロポックルとか」
「なまはげじゃねえのかよ!」
アロハのボケに作務衣のツッコミが炸裂し、インタビューが淡々と再開される。
ユーチューブじゃすごい人気で。
「お陰様で。今じゃあっちの方が本業って感じで、広告収入で食ってます」
H団地では口寄せを試みるそうですが、自信の程はいかがです?
核心に踏み込む質問にアロハと作務衣が顔を見合わせ、頭を掻いて苦笑い。
「どうっすかね、難しっすね。やるだけやってみますけど……可哀想な死に方した子を無理矢理下ろすの気が引けるんで、向こうに伝えたいことがあれば体を貸す、ってスタンスでいきたいです。浄霊は本職の方がいるんで……ねっ先生」
「おまかせください」
遜った流し目を受け止め、涼しげな声が響き渡る。再びカメラが振られ、最後の一人にスポットライトが収束していく。ハイブランドのスーツで身を固め、申し分なく長い足を優雅に組む、端正な青年がそこにいた。癖のない黒髪は両サイドに銀のメッシュが入り、紙縒に似たチェーンピアスが片方の耳朶に光る。
自己紹介どうぞ。
「『tyakuraスピリチュアルセラピー』代表の茶倉練です。錚々たる顔ぶれの末席に預かれて光栄です、よろしくお願いします」
茶倉さんは絶賛売り出し中の霊能力者と伺いました。なんでも拝み屋の孫だとか……。
「母方の祖母がその手の商売してたんです。成人してからすっかりご無沙汰ですけど」
ユーチューブにチャンネル持ってますよね、『TSS心霊研究所』。
「登録者数ではサザンアイスのお二人に一歩劣りますが……先月銀の盾もらいました。意外と重いですねアレ、まさに鈍器だ」
ファンにはチャクラ王子の愛称で親しまれてるとか。
「知ってる~~茶倉さんのファンのことチャクラーっていうんだよね」
「クチャラーみたいだな」
「王子って付けたくなるイケメンだもんなあ」
「恐縮です」
何故か感心するアロハと作務衣の言葉を、否定はせずに笑顔で受け流す。
この度は出演オファーご快諾ありがとうございます。H団地に行かれるのは初めて?
「僕の仕事は対個人なので、行政管轄下のH団地には縁がなかったんです。高い依頼料を払って廃墟の浄霊を頼む物好きもいませんしね。今回は貴重な機会を戴けました、初めてのテレビ出演で粗相をしないか不安ですが最善を尽くしますよ」
謙虚な物腰で受け答えする青年。完璧なアルカイックスマイルをカメラがズームしていく。
「頼りにしてるぜ先生!」
「よっ、イケバリ霊能者!」
作務衣が軽快に口笛吹き、アロハが調子よく追従する。青年はまんざらでもなさげに足を組み替えるものの……。
「泥舟に乗った気でいるよ~~」
インナーカラーの少女がにっこり笑い、サザンアイスが示し合わせたようにずっこける。
「んなベタな……」
「え、違った?」
「正しくは虚舟」
「「UFOかい」」
作務衣とツッコミが重なり、スタジオに居合わせた全員の視線が青年に向く。咳払いで失言をごまかし、気取ってスーツの襟を正し、彼は言った。
「大船に乗った気でいてください」
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