四口目

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四口目

梅雨明けの空の下、ロケバスは快調に首都高を飛ばしていた。時間はまだ午前、平日の道路に車は疎ら。上手くすりゃ昼前に着けそうだ。 右列最奥の二人掛け席廊下側に腰掛け、出発前に配られたロケ弁を食べる。固いご飯を割り箸で切り分けて口に運び、唐揚げと一緒に頬張る。 「うまっ」 「さよか」 「ロケバス乗んの初めて」 「貴重な体験できてよかったな」 今日も今日とてちゃっかり窓際に陣取った茶倉が、さしたる興味もなさそうに相槌打って本のページをめくる。本日のお召し物はホストっぽいカジュアルめスーツと高級感溢れる光沢帯びたイタリア製の革靴、後ろの席に放り込んだルイヴィトンのボストンバッグにゃ商売道具一式が入ってる。片方の耳には組紐加工のタッセルピアスがしゃらくさく揺れていた。 めかしこみやがって。 対する俺は虎を刺繍したスカジャンに安物のシャツを合わせ、色落ちしたジーパンを穿いていた。下は動きやすさ重視のスニーカーで、験を担いだ麻の葉模様の竹刀袋を前の席に立てかけている。なんてこたない、気合入ってるのはこっちも同じ。 好奇心を抑えきれず車内を見回す。前方の座席には同行するキャストが座っていた。俺の位置からじゃ背凭れが邪魔してよく見えねえ。行儀悪いのは百も承知で箸の先っぽ咥えて腰を浮かしゃ、茶倉が顔も上げず注意を飛ばす。 「靴脱がんで電車の窓に張り付くガキかい。事故ったら窓から投げ出されるで、体張って笑い取り行くなら止めへんけど」 「シートベルトしてっから大丈夫だって。あとでサインもらいにいこうぜ」 静かに本を閉じ、俺の横顔に尖った視線を突き刺す。 「アホにもわかるよお訳すとな、俺に恥かかすな言うとんねん」 続くため息には後悔と疲労の色。 「やっぱ連れてこなよかった。大人しゅうるすばんしとけ」 「置いてけぼりにしようったってそうはいかねえぞ、俺だってテレビ出てえもん」 「せやから出さんて。呼ばれたんは俺だけ、お前は無理矢理付いてきたおまけ。せいぜい機材運びに精出してゴマすっとけ、したらサインの一枚二枚お情けでもらえるかもわからんで」 俺たちは某番組のロケバスに詰め込まれていた。中にいたんじゃ見えねえが、車体の側面にゃでかでかテレビ局のロゴが入ってる。 話は数週間前に遡る。 ある日のこと、茶倉にテレビ出演のオファーが舞い込んだ。それは民放深夜三十分枠のバラエティーで、番組企画として心霊スポットに突撃するに当たり、プロ霊能者の茶倉先生にご同行願えないかというものだった。 もちろん俺は喜んだ。セレブ御用達の若手霊能者としてブイブイ言わしてる相方の顔と名前がセットでお茶の間に売れんのは有難い、コイツが有名になったぶんだけTSSは儲かり給料が上がる、高い飯をおごってもらえる。そんなゲンキンな下心をぬきにしても、十年来のダチの実力が認められたのは我が事みてえに誇らしい。 「受けるんだろ?」 「まあな」 「やった!」 ハイタッチは空振り。ははっツレねえ奴め。 「ドンキでクラッカー買ってくるから盛大に祝お。今夜はごちそうだな~特上寿司とる?中華も捨て難えな、いや待てピザもアリか。最近のウーバーイーツは充実してて迷っちまうぜ、どれにするか意見聞かせろ」 横を素通りしてく茶倉を間延びした声で呼び止めスマホをいじる。口数少ないのは緊張のせい?プレッシャー感じてんの? 「だいじょぶだいじょぶ俺がマネージャーとして縁の下支えっから茶倉先生は大船に乗った気で」 「連れてかんで」 「え?」 ウーバーに注文しようとした手が止まる。振り向いた茶倉は白け顔。 「なんて?」 「お前は留守番。マネは操さんに頼む」 「なんで!?」 ご近所迷惑な絶叫がタワマンを駆け抜ける。俺は身振り手振りを交え憤然と茶倉に詰め寄る。 「待て待て助手は俺だろ、今まで伝票整理してきたのも靴をせっせと磨いてテカリ出したのも用心棒兼ねて除霊に付き添ったのも全部俺じゃん、なんだって長年一緒にやってきた相方さしおいて愛人引っ張り出すわけ?」 「松ランクの依頼人に出す虎屋の羊羹切らしてコンビニのミニ羊羹で間に合わせたくせに」 「それ関係ねえだろ」 「打ち合わせの時間まちがえたんは」 「三十分位大目に」 「見ん」 倉橋操さんは茶倉のセフレ兼パトロンのアラフォー美人。実務に長けたバリキャリ女社長であるからして、万事がちゃらんぽらんな俺よかマネージャーに向いてるってのは否定し難いが……。 俺の猛抗議を受けた茶倉がソファーに踏ん反り返り、にべもない返答を投げてよこす。 「連れ歩くなら綺麗どころのが映える」 身も蓋もねえ。残酷な現実に口角が痙攣を起こし、自然と声が上擦っていく。 「おっ、俺だってそこそこイケてっし?」 「顔面が暑苦しいねん」 「中の上位はいってんだろっなっ、歴代元カレたちもりっちゃんは男前だって褒めてくれたし」 「どっかり胡坐かいた団子っ鼻」 「中の中……」 「でか口」 「中の下」 「デコスケ」 「下の上!」 断腸の想いで譲歩する。気分はマグロの初競り。茶倉が腰に手をあて特大のため息を吐く。 「考えてもみ、お前みたいな小汚いの連れてったら赤っ恥やん?へこへこ挨拶伺いした所でピンボールみたいに弾かれまくっていたたまれへんぞ、正座で待っとる方が身の為や」 心外な指摘に気分を害す。 「汚くねえ。パンツは毎日ちゃんと洗ってる、洗濯機にゃ柔軟剤投入する大盤振る舞いだ」 「当たり前のことでドヤ顔すな、柔軟剤ぶっこむの本気で大盤振る舞いて思うとるあたりせこすぎて哀しゅうなるわ」 「特売日にトイレットペーパー買いだめしたことねえセレブは黙ってろ」 「身の程を知れ。お前はパシリや」 「そりゃ操さんの方が美人だし華あるし仕事デキるかもしんねーけど」 「あの人は会員制ジムやらスパやら手広くやっとって芸能人の友達ようさんおるさかい」 「見損なったぜ茶倉、セフレ担ぎ出してまで業界人と仲良しこよしになりてえのか!」 「コネ作りはしといて損ない」 比較対象が操さんじゃ勝ち目がねえ。今度は搦め手で攻める。 「操さんだって自分の仕事あんのに呼び出されちゃ迷惑だろ、第一線で活躍する現役の社長だぞ」 「心配無用。借りは返す」 見苦しい抗議を封殺、気炎を上げて宣言。 「この仕事には勝負賭けとる。シコシコ動画上げとったかてじき頭打ちや、追い風吹いとるうちにほうぼうに売り込んで新規の客筋開拓せな」 「ワイドショーのコメンテーターとか心霊特番の司会枠狙ってんだろ。当たり?」 「否定はせんどく」 大勢の子供たちにまじって雛壇あっためる茶倉を想像したら、シュールすぎて笑えてきた。 「俺の企画にケチ付ける気かよ、再生数回ってんのに何が不満だ」 茶倉が苦りきった顔をする。 「数珠タピオカとか米粒写経チャレンジとか火渡り滝行実況とかクソ企画量産しよってからに、あんなんで喜ぶんコロコロ読者しかおらんぞ。こっちは小切手切れる太客ほしいねん」 余っ程腹に据えかねていたのか、やけっぱちに捲し立てる上司を宥める。 「バズったからいいじゃん。一昨日撮ったヤツもほら、すげー勢いで拡散されてる」 軽やかなタップで動画を再生する。すると胡散臭い笑顔の茶倉が登場し、算盤の珠を連ねたような、面白い形状の数珠を掲げてみせた。 タイトルは「肩こり腰痛にてきめん!いらたか念珠でマッサージしてみた」。 「おどれが考えたしょうもない動画バズらす為にはるばる東北飛んだんちゃうぞ」 「動画きっかけで注文殺到したっぽいし職人さんも儲かって結果オーライじゃね?」 「角っこ尖っとるから痛いねん、軽い拷問やぞ」 「体張んなきゃ金の盾届かねーぞ」 「念珠特需の仕掛け人になりたないわ、スポンサー付くなら別やけど」 「現役山伏にも大ウケ」 「アホか、山伏がユーチューブ見るわけ……」 突如として跳ね起きるや俺のスマホをひったくり、コメ欄トップに固定してあった、可愛い絵文字付きコメントをガン見。 『いらたか念珠にこんなライフハックあったとは!茶倉先生にならってコロコロすれば持病の腰痛も治るかな?今度倅に教えてあげよ~っとw』 ハンドルネーム リアル山伏正ちゃん。 茶倉が表情を消す。 「ブロックせえ」 「なんで。全部の動画にコメントくれてる有難てえ常連さんだぞ、毎度毎度一番乗りで」 「絵文字きっしょ。おっさん構文から加齢臭漂っとる」 「自分でやったらいいじゃん、管理丸投げしてさ~」 不満たらたら愚痴ぶちぶち、これ以上刺激するのもおっかないんでとりあえず言われた通りにしとく。あとで外せば問題ねえ。茶倉は俯けた額に手を当て、「十江山に電波きとるとか聞いてへん」「Wi-Fi契約したんか?」と独りごちていた。 俺は駄々をこねる。 「放置プレイやだ。連れてけ」 「断る」 「楽屋に挨拶回りとかPのご機嫌取りとかすりゃいいんだろ、マネージャーなんか余裕だって出来るって信じろよ」 「くどい」 「お前ばっかずりー。俺だって芸能人に会いてえ握手してえロケ弁食いてえサインほしい」 「ええ子にしとったら残りもん持って帰ったる、緑でピラピラの」 「バランはおかずに入んねえよ喧嘩売ってんのか」 数日間に亘り話し合いを重ねたものの決定は覆らず、最後の方は俺も諦めかけていた。 そんなこんなでロケ日をむかえ、茶倉は今ここにいる。操さんはマネの件を快諾してくれた。俺はひとり寂しく留守番を命じられ、本来出る幕ないはずなのだが。 「頭でっかちの鬼上司を執り成してくれて、操さんさまさまだな」 土壇場でスタッフに空きが出たのもツイていた。現場に入る予定のADと今日になって連絡取れなくなったとかで、そこにねじこんでもらったわけだ。ドタキャンてどこでもあるんだな、と妙に感心しちまった。 ロケ当日にバックれたADの皺寄せが来てスタッフはバタバタしていた。向こうで食ってる時間あるかわかんねえし、バスん中で済ました方がいいと判断する。 「スケジュール巻いてくらしいぜ。腹ごしらえしとけ」 「わかっとる」 合間合間にペットボトルのお茶を飲み、咀嚼と嚥下を繰り返す。匂いを嗅いでるうちに腹減ったのか、茶倉もロケ弁の蓋を開け、早めの昼飯にとりかかる。口うるせえ婆ちゃんに躾けられたせいか、惚れ惚れするほど綺麗な箸遣いに見とれる。 上品な甘さの出汁巻き卵を切り分けて摘まんだのち、筑前煮に伸ばされた箸が静止。 もりもり食べながら口を挟む。 「好き嫌いはよくねえぞ」 「交換せえへん?」 「唐揚げはやんねえ」 「油っこいの苦手」 「んじゃ玉子で」 「バランも付けたる」 「まずいからイラネ」 「うまけりゃ食うんか」 茶倉がドン引き。高い仕出し屋に頼んでるのか、ロケ弁の中身は結構充実していた。箸を引っ込めちゃまた伸ばす茶倉を見かね、グルメカップごと筑前煮をかっさらい、断面が詰まった出汁巻き卵とトレード。 「ごちそうさん」 お先に弁当をたいらげ、いらない子扱いされた可哀想なバランを蓋で隠す。 出汁巻き卵を咀嚼する茶倉の横顔を見るともなく眺め、車内の会話に耳を澄ます。前方から軽快な掛け合いが聞こえてきた。 「まだネタできてねえの、ライブ来週だぜ」 「明日には上がるって」 「勘弁してくれよ~練習の時間殆ど取れねえじゃん、ただでさえMCのピン仕事増えててんてこまいだってのに」 「文句あんなら投げっぱせず自分で台本書けよ、キー局で冠番組ゲットしたからって最近天狗になってねえかリッキー」 「天狗になってますが?ボケるしか能がねえお前たあ違うんだよ」 前の座席でサザンアイスが喧嘩していた。プライベートじゃ仲悪いってホントだったんだ、ちょっとファンだったのにがっかり。 その斜め後ろでスマホをいじってんのは地下アイドル出身の英ナギ、ファンの間に定着した愛称はブサナギ。 ストレートロングの金髪と丁寧に巻いた睫毛が華やかな印象を与えるが、笑顔が消えた顔はちょっとだけ年齢不詳。薄手のキャミソールから伸びた二の腕は柔らかそうで目のやり場に困る。 サザンアイスのM-1優勝は三年前。今じゃ落ち目とまでは言わないが、深夜バラエティーとユーチューブに活躍の場を移している。英ナギに関しちゃよく知らねえものの、彼女が元いたグループは未成年メンバーの飲酒喫煙彼氏を週刊誌にすっぱぬかれ、炎上後に解散に追い込まれていた。 「初のテレビ出演がゴールデンタイムじゃなくてよかったの?」 「ギャラさえ弾んでもらえるなら文句言わん。きょうび心霊特番もめっきり減ってもた」 「世知辛えなあ」 テレビの心霊特番激減と反比例し、ユーチューブのオカルトチャンネルは年々過激化の傾向にある。俺も肝試しとか考えないではないが…… 『クソ企画量産しよってからに、あんなん喜ぶんコロコロ読者しかおらんぞ。こっちは小切手切れる太客ほしいねん』 せめて仕事以外では幽霊や化け物と関係ない日常を過ごしてほしい、悲壮な運命やきゅうせん様のことを忘れて笑っていてほしいと願っちまうのは、俺の単なるエゴだろうか? 「なんやねんじっと見て」 「別に」
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