八口目

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八口目

バスが起伏に乗り上げバウンド、日常に回帰する。 昨夜視たのは歴代の苗床の記憶。視えんのは決まって絶頂近く、心身ともに繋がってる間。「慣らし」と同時に始まるこれを「試し」と名付けた。我ながら上手いこと言ったもんだ、実際きゅうせんに試されてる気がしてなんねえ。 シートに座り直して腕を組む。 『お慕い申し上げております、きゅうせん様』 気になんのは最後の女。声を限りに泣き叫ぶ他の連中と対照的に、鈴を結んだ組紐が十重二十重に枝垂れる座敷牢の中心に粛と座し、蕩けるような笑顔を湛えていた。 一瞥忘れ難い異様なたたずまい。苗床たちは皆こざっぱりした着物を着ていたが、あの女だけ白無垢に打ち掛けを纏い、唇に真っ赤な紅を曳いていた。小山内邸で目撃した婚礼衣装を思い出す。あっちは蝶の意匠だが、こっちはもっとキワモノだ。 美しい光沢帯びた白絹の打ち掛けに刺繍されていたのは、赤い環に鬱金の節を入れた蚯蚓の模様だった。 角隠しに沈む面は判然としないものの、上品に尖った頤と口元が既視感を呼び起こす。 茶倉世司。 読書中の茶倉に話すべきか迷い、決心付かず膝を揺する。ただでさえ過去を覗き見た罪悪感で一杯なのに、追い討ちかけるのは抵抗感じる。 これまでも最中に過去の断片っぽいのが見えたことはあった、何かの拍子に誰かの記憶がフラッシュバックすることもあった。 日水村じゃ牢に囚われた縣の記憶が流れ込んできたし、祟り神だか化け物だかわかんねえ禍々しい存在を受け入れるとなりゃ、当然そのへんの心構えもできてるはずだった。 甘かった。 反省します。 「はあ……」 腋に手を挟んでため息をこぼす。夜毎の「慣らし」の功罪と言うべきか、回数を重ねるほどに解像度が上がってくのは完全に誤算だった。これでも元剣道部主将、タフさにゃ自信がある。毎度毎度破瓜の痛み体験させられんのは業腹だが、気合で耐えらんねえこともねえ。 ……けど、このままでいいもんか? 慣らしと試しは表裏一体、後者に関しちゃ俺の意志で制御できるもんじゃねえ。早い話がこの先も茶倉の記憶ー正しくはきゅうせんの記憶ーを盗み見る羽目になるわけで、知らぬ存ぜぬ通すのは心が痛む。昨夜はとうとうお袋さんまで現れた。故人と面識はねえがすぐわかった、茶倉を灰汁抜きして性転換したらきっとあんな感じ。 角の立たねえ切り出し方に悩み、ジト目でダチを観察する。 いざコイツに話すとして、何て言やいいんだ? エッチ中お前がヤられてるとこ見ちまって……却下。お袋さんが触手に……引っ込め特殊性癖、絶交されんぞ。考えすぎ?普通に喋りゃいいの? けどまたキレたらおっかねえし、地雷原を重機で驀進するような言動で傷付けちまうのはもっと怖え。現に日水村でやらかした。 『日水村にゃミミズの化け物がいたんだ。気持ち悪ィ話だけど、龍とかじゃなくてまだよかったじゃん』 『ミミズなら怖くないじゃん。アスファルトでよく干からびてるし、あんなザコ茶倉なら余裕だろ』 喉元まで出かけた言葉が詰まる。気を取り直し口を開く。 「面白え?」 「爪の甘皮剥くよかいくらか」 茶倉が眠たげにめくってんのは俺が持参したムック、コンビニなんかによく置いてある廉価版小冊子。 「近所で買ってきた。これから行く団地も載ってる」 表紙を埋める章題の一部、『戦慄!連続殺人の現場、S県H団地給水塔の怪』を指す。血が滴るようなレタッチがおどろおどろしい。団地の特集ページを開き、茶倉が手の甲で紙面を叩く。 「こんなん心霊現象でも何でもないただの自然現象や」 「給水塔から変な音聞こえたって書いてあっけど」 「蓋が破損して雨水溜まっとったんやろ」 「ずるずる這ってたのは」 「蛇でも紛れ込んだんちゃうか」 「屋上のぼる?」 えっちらおっちら壁を這い上を目指す蛇を想像……ご苦労さんの大冒険だ。茶倉が皮肉る。 「オカルトライターは盛るんが仕事。連中の手に掛かれば流木かてネッシーになる」 「廃墟の描写とかリアルじゃね?折り畳み式ローテーブルだの赤ん坊の歩行器だのほったらかされてんのがいかにもって感じ。雑草萌える公園の砂場に錆びた三輪車倒れてりゃ完璧」 「小説家ちゃうんねんぞ、描写力褒めてどないすんねん」 茶倉が酷評した記事の末尾、横に印刷されたライターの名前を見直す。妹尾吟。 「いもお ろこん……おもしれー名前。クトゥルフっぽくね?」 「ダゴン?」 「いあ!いあ!」 「『ん』しか合うてへん。あとな、せのおやで」 「滑んないでよかった~」 大仰に胸をなでおろす。 茶倉が前を向いたまま、オセロの最後の一枚を裏返すように指摘。 「ろこんちゃうで。ぎんやで」 「知ってたさ!?」 白けた視線が冷え込む。 「あの~茶倉さん、俺の国語力疑ってる?もしもーし。わざとだぞ~和ませようとしたんだぞ~」 構ってほしい俺は引き続きシカト、さっさとスマホで検索。結果、茶倉が愛読してるムーの電子版がヒット。無料公開されてる記事に同じ名前があった。 「やっぱり」 青汁のエナドリ割りでも飲んだ顔で押し黙る茶倉の手元を覗き、ぎょっとする。 『日水山の怪異の祟り?旧家を襲った土砂崩れの真相!』『神隠しの犯人は権現様?十江村の伝統、稚児行列が秘めし闇』 それぞれ因習村特集第一弾第二弾と括られ、陳腐なタイトルが付けられた署名記事は、嘗て俺たちが関わった事件を取り上げていた。 「このいも、妹尾ってライターお前の追っかけ?」 「読めばわかるんちゃうの」 突き放すように嘯く。十江村の経緯は詳しくねえが、日水村の顛末はよく知ってる。クソ上司のご用命に預かり、スマホで検索した記事を朗々と音読。 「信州日水村で起きた女児監禁事件、東北十江村の祭事と同期する神隠し。その真相を暴くべく取材を断行した筆者は、該当期間に現地に滞在し、事態の収拾に貢献したT氏の存在に行き着いた。T氏は都内一等地に事務所を構えるフリー霊能者、まだ二十代半ばと若いものの実力は折り紙付き。恵まれたルックスとK大卒の学歴が付加価値となり、メディアへの露出は年々増加。最近はユーチューバー活動に力を入れ、『タピオカと数珠交換してみた』略して『タピ数珠』動画は再生回数八十万回超えを記録。最新作の『いらたか念珠でマッサージしてみた』は公開一週間で三十万再生を超えている」 「デジタルタトゥーや……」 「そんなT氏だが、プライベートでは複数の人妻と爛れた関係を結び、夫の葬儀を終えて間もない未亡人に暴行を働いた疑いを持たれるなど、不穏当なゴシップが付き纏っているのをご存知だろうか。一回数百万の依頼料を吹っ掛けるだけではすまず、海外で仕入れた屑石をパワーストーンと称し売り付ける、詐欺まがいの霊感商法も行っている」 んなことしてんのか……してたな。 「筆者の取材に対し、暴行事件の被害者とされるK美さんは完全黙秘。K美さんと婚約中のO田氏も事実無根と否定したものの、T氏の女癖の悪さや異常な金銭欲、人格の著しい破綻ぶりはしぶしぶ認めている。へ~沖田さんたち婚約したんだめでてえ!結婚式の招待状来るかな~祝電打っとく?」 「レターパックで現金送れ」 閑話休題。 「公式プロフィール曰く、T氏は著名な拝み屋の孫とされている。筆者が裏を取った所、実家とは絶縁状態で祖母とは十年会ってない。この祖母というのが食わせ者で、財政界の大物を相手取り、呪殺を請け負って財産を築いたとか……」 きな臭くなってきた。スクロールに躊躇する俺をよそに、本人が頑として命じる。 「続けろ」 深呼吸で腹を決める。 「現当主はT氏の直系の祖母に当たる老女。T氏の一族はイタコ・ユタ・歩き巫女・憑き物筋、その他種々雑多な『神がかり』を取り込んで優れた霊能者を輩出してきた経緯から、一部関係者には『雑ぜもの筋』『苗床』と忌み嫌われているらしい。象徴的なエピソードとして、T氏は十数年前『稚児の戯』に参加。これは霊能者の子弟のお披露目を兼ねた力比べであり、T氏は最年少ながら順当に勝ち抜いて第一等『天童』の冠位を得るが、その際憑き神の力が暴走し大量の負傷者を出す惨事を招いた。なお、憑き神の詳細は不明。現当主には跡継ぎを手に入れるべく、大阪在住の娘夫婦を謀殺した噂が」
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